東海大相模、今年もよく耐えた 震災の年以来の選抜優勝

山口裕起
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(1日、選抜高校野球 東海大相模3-2明豊)

 10年ぶりの優勝を決める打球が遊撃手のグラブをはじき、外野の芝生に転がった。九回1死満塁。延長に備えてブルペンで投げていた東海大相模のエース・石田隼都投手が、少し遅れて歓喜の輪に加わった。「やってきたことが、最後に力になって出せました」

 新型コロナウイルスの感染が拡大した昨春、チームは約3カ月間、練習ができなくなった。門馬敬治監督は「つらかった。でも、嘆くより、前を向こうと言い合った」。グラウンドの外野フェンスに「心の耐力」と書かれた横断幕を掲げた。コロナに負けない、との思いからだった。

 選手たちは工夫する。それぞれが自宅近くの公園や空き地で、スイングや投球の動画を撮影し、監督やコーチに送った。練習が再開されても、1日2時間まで。昨秋からはグラウンドの改修工事で実戦練習もできなくなった。不満をのみ込み、空いているスペースでノックを受けた。

 1999年から指揮を執る監督自身も変わった。選手と連絡を取り合うため、「ガラケー」から「スマホ」に携帯電話を買い替えた。「LINE」を通じて毎朝メッセージを送った。

 耐える力は、今大会中も試された。準々決勝の前夜、主将の大塚瑠晏(るあん)遊撃手が体調を崩し、入院した。決勝は大黒柱の石田も先発しなかった。一回に先行され、七回以外はすべて得点圏に走者を背負った。それでも、背番号2桁の選手らが泥臭く守り、無失策。2失点でしのいで、劇的な勝利を呼び込んだ。

 前回優勝した2011年は、東日本大震災直後の大会だった。この日、優勝旗を手にした選手たちを見て門馬監督は涙ぐんだ。「あの時は日本に少しでも元気を、と思っていた。今年もよく耐えて、強い気持ちで戦ってくれた」。2年ぶりに訪れた球春。困難を乗り越えた先に、頂点が待っていた。(山口裕起)