第1回病院にも通えず亡くなった母 私と2歳の娘は国籍がない

有料会員記事

藤崎麻里

拡大する写真・図版国籍のない子どもたち①

[PR]

 昨年12月、東海地方でベリーダンスの発表会があった。

 暗めの舞台で女性(31)が踊り出すと、2歳の娘が客席からよちよち歩きで手を伸ばし、抱っこを求めた。女性に片腕で抱かれると、手をゆらすような動作をまねていく。その可愛さに、客席から歓声があがった。

 母と娘。どちらにも国籍がない。

 女性は日本で生まれ、育った。こんなことになるなんて、大人になるまで想像すらしていなかった。

拡大する写真・図版久しぶりの大舞台。女性はリズムに合わせ、体を揺らして踊った。かつてはダンスのプロをめざした。いまは「自分にしか踊れないダンス」を究めたい、と思う

 女性が無国籍に気づいたのは20代になってからだった。

 「保険はどうやって入るの?」

 あるとき女性は父に尋ねた。派遣会社の社員をやめ、国民健康保険に入る必要が生じたからだ。

 「ちょっと待っててくれ」

 父はすぐには答えなかった。女性はその後、父から言われて入国管理局に行った。

 そこで、女性は生まれた時にどの国にも出生届が出されず、無国籍だと知らされた。住民票もなかった。父が住んでいる自治体に事情を説明し、幼稚園から高校まで通えていたようだ。

 父は日本人。自分もずっと日本で育ってきた。自分が日本人であることを疑ったことはなかった。

国籍が取りたい 法務局に行っても…

 入管では、いきなり指紋を採られ、写真を撮られ、事情聴取をされた。入管からみれば「不法滞在」の状態にあったためだ。ショックだった。「誰も傷つけていないのに」

 なぜ、いきなりこんな目にあうのか。父に尋ねても、「母さんが重要なことを話してくれなかった」と言うばかりで、きちんと答えてはくれなかった。

 母の出身国は、フィリピン

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

2種類有料会員記事会員記事の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら