「感染広げては…」天皇陛下も自ら提案 令和式で新風景

 「年の始めに~同じく~『実(じつ)』~ということを仰せごとによりて、詠める歌」

 3月26日、皇居・宮殿。天皇皇后両陛下の正面に座った講師(こうじ)が発する伝統の言い回しが響き渡り、約750年の歴史がある「歌会始の儀」が始まりました。本来、新年行事として1月に行いますが、今年はコロナ禍で延期されました。コロナ禍は皇室にも様々な影響を及ぼしていて、今年の歌会始の儀は例年と違ったものとなりました。

 人々が集まって共通の題で歌を詠み、それを披講する「歌会」は日本古来の伝統文化で、奈良時代にはすでに行われていたことが万葉集で確認できます。宮内庁によると、歌会始の儀の起源は、鎌倉時代までさかのぼるとされています。

 文永4(1267)年1月15日に、天皇が催す年始の歌会「歌御会始(うたごかいはじめ)」が行われたという記録があるそうです。歌御会始は江戸時代以降はほぼ毎年行われ、明治12(1879)年からは国民の詠進歌も披講されるようになり、現在まで続く歌会始の儀のスタイルが確立されました。

 お題も変化していきました。大正11(1922)年の「旭光照波」のように、かつては難しいものもありましたが、終戦後は広く作品を募れるように、お題は漢字一文字など簡単なものになりました。

両陛下、300キロ以上離れた参加者に会釈

 今年のお題は「実」。皇族方や入選者は「実り」「実験」「実習」など、様々な「実」を含んだ歌を寄せました。

 コロナ禍での開催となった令和3年の歌会始の儀。特別だったことは、大きく分けて二つあります。ひとつは歴史上で確認できる範囲では初めて1月に行われなかったこと(中止はあります)。もうひとつはその伝統様式にも大きな変化があったことです。

 写真をみるとわかるように、皇族方、職員、入選者ら出席者は全員マスクを着用。歌を詠み上げる講師ら声を出す6人はフェースシールドを着け、席には飛沫(ひまつ)防止のためのアクリル板が置かれました。6人と、その控えの人たちは事前にPCR検査も受けて儀式に臨みました。

 出席者の人数も、大幅に絞られています。

 例年は、「陪聴者」として政府関係者ら約100人が招かれますが、今年はなんと3人に。宮内庁関係者によると、天皇陛下は「皇室行事であっても、感染を広げるようなことはあってはいけない」と考えており、万全の感染症対策がとられました。

 そして、最も特徴的だったのは、緊張の面持ちで座る入選者たちの間に、1台のモニターが置かれていたことです。10人の入選者のうち、福井県の女性は本人の希望でオンラインで参加しました。

 モニターはほかの入選者の顔の位置と同じ高さになるよう調整され、福井県小浜市のホテルでカメラと向かい合っている女性の顔が映し出されていました。両陛下は、歌が詠まれる入選者ひとりひとりと目を合わせて会釈していましたが、モニター越しに、300キロ以上離れたこの女性とも目を合わせていた姿は、令和ならではの光景でした。

 歌会始の儀の後、拝謁(はいえつ)もオンラインで行われました。側近は「画面越しであっても、顔を見てお話ができて良かったと思われているのでは」と両陛下の感想を語り、伝統行事に取り入れた新たな試みに手応えを感じているようでした。

 宮内庁関係者によると、1月の緊急事態宣言発令によって中止が検討された時も、オンライン開催を陛下自ら提案したそうです。コロナ禍で活動は制限されながらも、「国民に寄り添う」という陛下の強い思いが現れた行事だったと感じました。