池井戸潤が見たヤマハピアノ工場 「この一台」生む技術

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文・写真 池井戸潤 映像報道部・杉本康弘、構成・加藤修
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池井戸潤が撮る 日本の工場

 「半沢直樹」シリーズなどで人気の作家・池井戸潤さんが仕事の現場を訪ねる企画が、朝日新聞土曜別刷り「be」で連載中です。今回は、静岡県掛川市にあるヤマハのピアノ工場。より良い音のために注ぎ込まれる職人技と先端技術の粋に、カメラとペンで迫ります。デジタル版では池井戸さんが撮影した写真をたっぷりご覧いただけます。

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 ヤマハの創業者、山葉(やまは)寅楠(とらくす)(1851~1916)の父・山葉孝之助は紀州の徳川藩士で「天文係」であった。

 星や月の動きは、時間に通じる。その縁かどうか、三男で手先が器用だった寅楠は、長崎に出て時計づくりを学び、その後、医療機械にまで手を広げて全国を渡り歩く職人になったのである。

 ヤマハ発祥の地となる浜松にとどまっていたあるとき、寅楠は浜松尋常小学校から輸入品のオルガンの修理を頼まれる。きっと機械に詳しいと思われ声をかけられたのだろう。これが、寅楠の運命を変え、日本の楽器製造に革新をもたらす契機となった。

 オルガンに興味をもった寅楠は、これを自製できないかと思い立つ。かくして試行錯誤の末、国産オルガンを完成させたのは1887年のことであった。当時大変高価だった輸入オルガンを安価な国産に代替したことで全国の学校に普及し、いまに至る社業の基礎を築いたのである。

 オルガン製造から出発した寅楠が、やがて初めてのピアノを製造したのは1900年。それから120年余を経、この日訪れた掛川工場の敷地は、東京ドーム5個分。600人以上の社員が働く一大拠点だ。

 ここではアップライトピアノなども作られているが、撮影させていただいたのはグランドピアノの製造ラインである。

 主なものだけで22の工程がある。一台が完成するまで、およそ1カ月。素材になる木材の乾燥工程まで含めれば、実に1年から1年半を要する。

 グランドピアノがレールに載せられて広い工場内を移動していく様は、どこか遊園地のアトラクションを想起させる。途中、何台ものピアノが並んでいる工程に立つと、大きさや色がまちまちなのが少々意外だった。

 一般的な工場では、たいてい同じ品番のものをまとめて作るのに、ここではショートサイズのものや弦の長いロングサイズのもの、色も、黒や茶色の木目調、さらに白までが流れていく。

 大きさは違えど、いったん枠をはめてしまえば、内部構造を作る手間は同じということなのだろう。

 近代的でありながら、楽器としての精度を機械だけではなく人間の耳に頼っているところも興味深い。

 実際に鍵盤を叩(たた)いて音を聞き、かすかな違いを聞き取って修正する「整音」工程では、傍らで耳を澄ましていても音の違いはほとんど聞き分けられない。常人には踏み込めぬ感覚の世界。まさに職人技である。

 その一方で、ピアノの鍵盤を押したときの微妙な深みの差を調整し均一にする工程ではレーザー光線を利用した測定器が導入され、人手なら約2時間かかる作業を5分に短縮している。職人技と先端技術の融合。これをもし手作業だけに頼ったとしたら、ピアノの値段はいまの何倍にも跳ね上がるだろう。

 ところが、機械に頼らずほとんど手作業でピアノを作っている特別な一画が、この工場内にあった。

 厳重な入退室管理が行われ…

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