第6回復活の兆し見えぬ日本の半導体 ロボット化の波をつかめ

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聞き手・福田直之、編集委員・吉岡桂子
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 日米半導体協定の終結交渉に当たった元日立製作所専務、元ソニー専務の牧本次生氏(83)に、米中覇権争いと日米半導体摩擦の比較や、日本半導体産業の将来像について聞いた。

3つのポイント

(1)米国は中国の半導体産業の潜在力に大きな脅威を感じている (2)かつての日本の半導体産業は内需依存で国際的な水平分業の波に乗り遅れた (3)今後10~30年で訪れるロボティックスの波を日本はつかみ全力集中を

――牧本さんは1996年の日米半導体協定の終結交渉で、日本企業側交渉団の団長を務めました。当時の日米半導体摩擦と現在の米中の半導体を巡るせめぎ合いについて、類似点と相違点をどう見ていますか。

 「米国が強くなってきた国をたたこうとした点ははっきり共通している。日米半導体協定は86年にできた。その年に世界の半導体市場シェアは日本が米国を追い抜いた。米国ではこれは大変なことになると大騒ぎになった。半導体で日本に負けると、半導体が支えているコンピューターで負ける。コンピューターで負ければ軍の力もインパクトを受けるというのが、常識のようになっていた。米国には非常に大きな危機感があった」

 「中国の半導体産業は当時の日本ほどシェアはない。だが潜在力がある。例えば、華為技術ファーウェイ)の半導体設計子会社、海思半導体(ハイシリコン)の実力は世界トップレベルだ。しかし、中国は製造技術が進んでいないから、製造技術で世界トップレベルの台湾積体電路製造(TSMC)という会社に製造を頼んでいた。ハイシリコンとTSMCが組むと、世界トップレベルの製品ができる。それを米国は非常に脅威を感じたはずで、早いうちにたたいておいたということだ」

――半導体は軍装備品にも使われており、軍民両用技術になります。

 「米国は半導体の軍需への応用を一番早くから研究していた。ロケットでもミサイルでも飛ばすときの制御システムをなるべく軽くしたい。軽ければ軽いほど遠く飛ぶからだ。大陸間弾道ミサイル(ICBM)みたいに遠くに飛ばすには、部品を軽くしなければならない。以前、部品には真空管を使っていて大きかった。それを半導体に変えるだけでミサイルが小さく軽くなり、遠くへ飛ぶようになる。米国の半導体市場はその後、軍需からコンピューターに中心が移っていった。米国にとって軍需というのは、半導体産業の起源であるという感覚がある」

――良きにせよあしきにせよ、日米が軍事同盟国であることは交渉に影響しましたか。

 「現場の交渉は、国の防衛う…

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