放置して半世紀、ふくらんだ原発の矛盾

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アナザーノート 大月規義編集委員

 茨城県東海村にある原発の運転差し止めを水戸地裁が3月に言い渡した。さかのぼること36年前。水戸地裁は、設置許可の取り消しを求めた住民の請求を棄却していた。2011年の福島の事故をへて判断が逆転した。この間、国が見て見ぬふりをしているうちに膨らんだ矛盾も浮かび上がる。

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 東海村の真ん中には、JR常磐線の東海駅がある。駅前にはスーパーや銀行、学習塾、住宅が立ち並ぶ。人口密度は1平方キロあたり約1千人と、「村」とはいえ金沢市や兵庫県姫路市と同水準だ。

 3分も歩けば日本原子力研究開発機構JAEAの本部に着く。4キロ東には今回差し止めが命じられた日本原子力発電東海第二原発。2キロ北西には1999年の臨界事故で2人が死亡した核燃料会社JCOの工場跡地が残る。

 原発と住民の「共存」のように映るが、そもそもの国の「指針」に照らすと、おかしな状態だと気付く。

指針を無視

 「原子炉立地審査指針」は64年に国の原子力委員会がつくった。事故が起こったときの住民の被曝(ひばく)を最小限にするため、次の条件を満たさなければ、原子炉を設置できないことにした。

 (1)原子炉から一定の範囲内は人が住まない

 (2)その外側は低人口地帯

 (3)原子炉の敷地は人口密集地帯からある距離だけ離れる

 問題は三つある。

 一つ目は、指針に強制力がなく、立地の許認可を持つ旧通商産業省経済産業省)は重視しなかった。原子力委も根っこは推進の立場のため黙認した。70年代に入ると、石油危機により原発の急拡大が旧通産省の使命となった。電源三法交付金制度を使って、周辺地域に豪華な市民会館や運動公園、福祉施設を造らせ、周辺住民には電気代の一部を給付。原発の近くに住むと暮らしが向上する、という状況をつくりあげ、危険性から目をそらせることに力を注いだ。

 その結果、二つ目の問題が起…

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