北海道の根室新聞が休刊 「日本最東端」の地方紙

有料会員記事

大野正美
[PR]

 北海道根室市に拠点を置く「日本最東端」の地方紙、根室新聞が3月31日に休刊した。発行する根室新聞社(岡野忠春社長)は4月いっぱいで解散する。同紙の刊行を引き継ぐ企業などが現れない場合、廃刊となる。地域の戦後復興や北方領土問題の動向を伝え、記録してきた道東報道機関の「退場」を惜しむ声は多い。

 根室新聞の創刊は1947年1月6日。基本4ページの夕刊紙で、日曜・一部祝日を除いて発行してきた。休刊を伝える3月31日付の最終2万2249号の記事は、「市政や北方領土問題、市民活動など」の報道を通じ、「地方紙としての社会的使命の一端を果たすことができた」とした。

 明治初期の北海道で、根室は函館、札幌とともに3県を構成し、報道・出版活動でも古い歴史を持つ。1889年、自由民権運動の流れを受けて言論雑誌「北友」が創刊され、翌年に「根室新聞」と改題された。

 その後、他の地元紙との統合を経て、1942年、他の道内地方紙10紙とともに北海道新聞に統合された。「根室新聞」の名は一時途絶えたが、戦後、その名を継ぐ形で印刷業者の能瀬稲美氏が創刊した。

 当時、根室は北方領土の好漁場を失い、空襲の被害や引き揚げなど混乱を極めていた。創刊の辞で能瀬氏は、「公正なる自由に生まれ出た言論こそは建設の言葉であると信ずる」と書いた。

 赤字経営が続く中、71年に経済界の有力者らが出資し、個人経営から法人会社へと変わった。その後も地域の企業などから増資を受け、発行を続けてきた。

 70年代以降は取材記者5人体制を基本とした。専門を水産、市政、北方領土など国・道政、経済界、教育の5分野に分け、各記者が長年にわたり取材。きめ細かい報道の一方で迷いイヌ・ネコの紹介欄など、街の話題も充実させた。

 だが、根室市の人口減や水産業の衰退で部数は減っていった。人手不足もあり、近年は記者が取材2人、編集1人に縮小。「経営的には何とかなるが、新聞社の特殊性から人材確保が難しかった」と岡野社長は話す。

 根室市の石垣雅敏市長は「街…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。