血染めの日章旗 父を感じた 語り継ぐ戦争

有料会員記事空襲1945

伊藤智章
【動画】戦死した父の血染めの日章旗が69年ぶりに帰還。戻ってきてから息子は語り部を始めた=伊藤智章撮影
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青木正雄さん(79)

 僕が2歳だった1944年、父は南太平洋のペリリュー島で戦死した。父は3度目の召集だった。僕には姉や弟もいる。戦後の生活は厳しく、母と祖母は、「お父さんが生きていたら」と何度も嘆いた。

 ペリリューの戦いは、サイパンや硫黄島に比べ、知られていない。本土攻撃を遅らせるため、日本軍は洞窟に立てこもり、4倍の敵と74日間、戦い続けた。

 僕も20年前、妻と娘に現地訪問を誘われた。でも行かなかった。今さら、と思った。父の記憶といえば、一度、ひざにのせられ、食事したような気がするだけなんです。

 2013年8月、愛知県護国神社から弟に電話があった。「お父さんのものらしい日章旗が見つかった」。米兵が持ち帰り、親族が保管していた。そこへホームステイした岐阜県高山市の男性が託され、靖国神社を通じて連絡がついた。

 日章旗は血がこびりついていた。「お父さん、お帰りなさい」。自分にも父親がいたんだ。そう思い、何か奥深いものを感じた。

 それから徹底的に調べた。

 寄せ書きは26人。ほかより…

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空襲1945

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あのとき、日本中が戦場だった。東京・大阪・福岡など各地の写真300枚や映像、データマップで惨禍を伝えます。[記事一覧へ]