四国遍路研究と世界遺産運動

愛媛大学「四国遍路・世界の巡礼研究センター」センター長・胡(えべす)光
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 四国遍路は、四国一円に広がる弘法大師(空海)ゆかりの八十八カ所霊場を巡る、全長1400キロにも及ぶ壮大な円環型巡礼です。その原型は1200年以上前に空海が行った厳しい修行に由来し、長い歴史のなかで変容と発展を遂げてきました。今もなお多くの人々を四国へ誘い、地域の人々もお接待で迎える、生きた四国の文化です。

 近年の研究では、四国遍路の成り立ちは段階的なものであったという説が有力です。平安時代、四国は都の南西海上にある聖なる島として信仰されていました。その山や海の険しい場所を「辺地(へじ)」と呼び、四国遍路の歴史は、僧侶たちがこの険しい地を歩いた「辺地修行」に始まります。

 鎌倉・室町時代になると、僧侶の修行は弘法大師の修行地を選んで行われ、「四国辺路(へんろ)」と呼ばれました。江戸時代には八十八カ所の札所が確立。庶民が歩く巡礼へと変化し、「四国遍路」が完成します。

 信仰の世界では、弘法大師が平安初期の815(弘仁6)年、四国霊場、あるいは八十八カ所を開創し、四国遍路が始まったとされています。四国八十八カ所霊場会や四国の自治体は2014年を「四国遍路開創1200年」と位置付け、記念行事を展開しました。

 実は史料上、この記録は見つけることができません。815年、伝承では大師が42歳の厄よけに遍路を行ったとされています。このことが翌年に高野山を拝領したという史実と混ざり、信じられてきました。

 2015年1月、ニューヨーク・タイムズ紙ホームページで、その年訪れるべき世界の52カ所が発表されました。日本では唯一「四国」が選ばれ、「四国遍路の場所」として紹介されたのです。この年、愛媛大学でも法文学部付属四国遍路・世界の巡礼研究センターが開設され、全国でも唯一の巡礼研究センターとして活動を始めました。

 16年8月8日、四国四県と関係58市町村が「四国八十八箇所霊場と遍路道」を世界遺産暫定リストに掲載するよう、文化庁へ提案書を提出しました。世界遺産化のためには、四国遍路の特徴を日本や世界の巡礼と比較して明らかにする必要があります。この作業はセンターの設立目的とも合致し、学術面からの支援が期待されています。

 この連載によって、四国遍路と世界の巡礼の謎と魅力について、興味と理解が深まれば幸いです。(愛媛大学「四国遍路・世界の巡礼研究センター」センター長・胡(えべす)光)