第4回「僕はフィリピン人だったんだ」国籍取得、母を探す職員

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座小田英史、小池寛木、藤崎麻里

拡大する写真・図版国籍のない子どもたち④

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 「僕はフィリピン人だったんだね」

 2009年春、東京都港区フィリピン大使館。長野県内の児童養護施設から国籍取得の手続きに来た男児(当時6歳)はつぶやいた。

 男児の父親はイラン人、母親はフィリピン人。だが、母親が出生登録の手続きを大使館にしなかったため、無国籍状態になっていた。

 母親は自らの手で育てることができず、男児は生後すぐに甲信越地方の乳児院に預けられ、その後、児童養護施設で育った。

 施設職員の男性(45)によると、当初は「お母さんはどこにいるのだろう」「お父さんはどんな人だろう」などと口にすることが多かったという。それは、施設のほかの子どもたちも同じだ。

 物心がつき始めた3~4歳になると、男児は自分の外見が周りの子どもたちと違うと感じ始めたという。「どうしてみんなと違うの?」と言うようになった。

 無国籍のまま施設で18歳まで育てることはできる。でも、国籍がないまま大人になっても、パスポートは持てず、結婚の手続きにも支障をきたす。男性職員は「この子が大きくなった時が心配だ」と感じていた。

 小学校への入学が近づいた09年3月、男児に国籍を取らせるために動きはじめた。

迅速に対応した事業団

 地元の児童相談所に助けを求め、まず母親探しから始めた。

 自治体のデータベースなどか…

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