聖徳太子の好んだ舞楽、20年ぶり奉納 1400回忌

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岡田匠、渡辺元史
【ノーカット動画】聖徳太子1400年遠忌法要「管絃講」 奈良・法隆寺
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 法隆寺奈良県斑鳩町)で続いていた聖徳太子1400回忌法要は最終日の5日、太子が最も好んだという舞楽が20年ぶりに奉納された。太子の遺徳をたたえる「太子和讃(わさん)」が雅楽とともに唱えられ、100年に1度の大法要を締めくくった。

 3日間にわたる法要は、初日が「法華・勝鬘(しょうまん)講」、2日目が「法華・維摩(ゆいま)講」、最終日が「管絃(かんげん)講」として営まれた。太子が法華経、勝鬘経、維摩経という三つの経典の注釈書「三経義疏(さんぎょうぎしょ)」を著したことにちなむ。最終日の管絃講は雅楽とともにお経を唱え、太子に喜んでもらう法要。

 午後0時半、東院伽藍(がらん)から古谷正覚(しょうかく)管長ら約75人の行列が出発し、法要の会場となる大講堂の前へ進んだ。法隆寺や中宮寺(奈良県斑鳩町)など12人の僧侶が舞台に上がり、声明(しょうみょう)を唱え、散華をまいた。

 雅楽団体「南都楽所(がくそ)」が、太子が好んだと伝わる舞楽「蘇莫者(そまくしゃ)」を舞った。法隆寺によると、太子が馬に乗って河内の亀ケ瀬を通ったとき、洞簫(どうしょう)と呼ばれる楽器を吹くと、その音色に感動した山の神が現れて喜び舞った。この伝承をもとにした舞楽だ。

 舞台では太子役が笛を吹き、老いたサルに似た面をつけた山の神役が舞った。この舞楽は法隆寺では2011年の1390回忌で奉納される予定だったが、雨で中止され、今回が20年前の1380回忌以来という。

 蘇莫者に続き、京都・清水寺

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