怒らない橋田さん、ひとつだけ見せた脚本家のプライド

有料会員記事

聞き手・弓長理佳

 橋田寿賀子さんの死去を受け、NHK連続テレビ小説「おしん」(1983~84年)でプロデューサーとして原作者の橋田さんとコンビを組んだ小林由紀子さんが5日、朝日新聞の取材に応じ、橋田さんと過ごした日々を振り返った。

     ◇

 橋田先生には2019年2月、私の夫の訃報(ふほう)を伝えるために電話しました。先生は船旅に出ていて留守でしたが、後日、丁寧にはがきをくださいました。お悔やみの言葉とともに、旅の途中で体調を崩して強制帰国になった、と書かれていました。その年の5月にあった橋田賞の授賞式でお会いしたのが最後になってしまいました。

 「体調がよくないんだろうな」と心配しつつも、つらい時に連絡しても大変だろうと、最近は連絡できずにいました。「ついにこの日が来てしまった」と、本当に残念な気持ちです。

 「おしん」の放送は83年からでしたが、先生とは81年から、打ち合わせのために顔を合わせていました。84年の放送終了まで、100回ぐらい熱海の家に通ったと思います。

 先生と仕事をしていた時の私は40歳そこそこの新米プロデューサー。「おしん」で描かれる明治時代や、当時を生きた女性については分からないこともありましたが、先生に知らないことを教えてもらうような気持ちで仕事をしていました。

 先生はすごく優しかったです…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

【5/11まで】デジタルコース(月額3,800円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら