第2回市ガス停止、冷える飼育室…2万6千匹の全滅避ける決断

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太田匡彦
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実験動物の15日間②
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 「立ち入りを禁ず:病院長」

 東日本大震災に襲われた東北大学大学院医学系研究科付属動物実験施設(仙台市青葉区)。発生翌日の3月12日朝、臨床分室がある医学部研究棟3号館の入り口には、そんな紙が張り出された。

 建物の耐震強度不足が明らかになり、余震の大きさによっては倒壊する懸念が高まった。このため、里見進・東北大学病院長(肩書は当時)の判断で、立ち入り禁止となったのだった。

 だが、臨床分室にいる実験動物たちの世話は続けなければいけない。飼育や管理を担当する主任臨床検査技師の末田輝子(すえたてるこ)さんは振り返る。「エサや水をあげなければ動物たちが死んでしまう。私は、私の責任を果たさなければいけない。そう考え、毎日入り続けた」

 末田さんら職員4人が連日、階段を12階まで上り、エサをやり、掃除をし続けた。4月4日までは水道が全面復旧しなかったため、200リットル以上の水を、ボランティアの手を借りて運んだ日もあった。時に余震にあい、恐怖を感じながら。

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約2万1千匹のマウスなど多くの実験動物がいた中央棟=2021年3月7日

 施設長の笠井憲雪(のりゆき)教授は言う。「最初の3、4日は人の食料不足も続き、揺れへの恐怖心でストレスを感じる職員もいた。そんな中でも、動物を見殺しにはできないという感情や倫理観から果敢に立ち入りを続けてくれた。年度末だったので、翌年度用のエサを買い増ししてあり、備蓄が十分だったことは幸いだった」

 数日後、末田さんは大学病院全体の災害対策連絡会議に参加し、医師や研究者、職員ら約100人を前に大きな声で伝えた。「研究者の皆さんの大事な実験動物はみんな無事です。私たち職員が守っています。安心してください」。異論は出なかった。

「もし夏に起きていたらお手上げ」

 こうしたなか、最大の危機が迫っていた。危機をもたらしたのは市ガスの停止だった。

 電気や水道が復旧しても、市ガスの供給は止まったままだった。このため、蒸気を作ることができなくなった。蒸気の停止は、三つの面で、実験施設にダメージを与えつつあった。

 まず、飼育室内の温度が下が…

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