趙紫陽氏しのぶ場消える 当局、遺族に自宅から退去要請

北京=高田正幸
[PR]

 中国の改革派指導者で、2005年に死去した趙紫陽(チャオツーヤン)元総書記が晩年を過ごした北京市の自宅から、遺族が退去することが分かった。没後も趙氏を慕う市民らが清明節や命日ごとに集まり、中国政治の民主改革に理解を示した故人をしのんでいたが、そんな光景も見られなくなりそうだ。

 遺族と親しい関係者が明らかにした。北京中心部の路地にある伝統的な四合院(しごういん)づくりの自宅は、趙氏の没後、娘夫婦らが守ってきた。関係者によると、当局は、党指導者のために手配した建物を遺族が使い続けることは認められないとして、退去を求めていたという。娘夫婦は退去の準備を進めている。

 趙氏は総書記だった1989年に起きた天安門事件で、民主化を求めた学生らの訴えに理解を示したとして失脚。自宅に軟禁されたまま、2005年1月17日に亡くなるまで過ごした。

 自宅は趙氏の没後も当局の監視下に置かれていたが、命日や先祖を供養する清明節になると趙氏を慕う市民らが数多く集まり、遺影を前に記帳したり、故人に捧げる詩を発表したりして敬愛の思いを共有していた。

 趙氏の遺骨は共産党の指導者が埋葬される「八宝山革命公墓」に納められず、長らくこの自宅に保管されていた。遺族は生誕100年を迎えた19年秋、北京市郊外の別の墓地に埋葬した。(北京=高田正幸)