誰が魔法をかけた?プロコーチが抱く日本式指導の違和感

有料会員記事

塩谷耕吾
[PR]

 うちの選手はおとなしくて、私が聞いても、全然、意見を言わないんですよ――。

 柘植陽一郎さん(52)がオンラインで開くスポーツ指導者向けのコーチングセミナーでは、最近、指導者からこんな愚痴を聞くようになったという。

 「選手がミーティングでガンガン意見を言い合い、試合中も自分たちで戦い方を修正する。そんな選手主体のチーム作りが理想と語る指導者は増えてきた。ただ、方法論がなければ、選手が急に話し始めたりはしない」

 そう話す柘植さんが、選手に「聞く」コツを指導者に伝えると、次の講座で興奮気味にこんな報告を受けるという。

 「子どもたちの言葉が止まらない」

 「選手はこんなにいろんなことを考えながらプレーしていたんですね」

 選手が静かだった原因が何だったか。指導者はそこで気付くのだという。

 大手通信会社の広報をしていた柘植さんは約20年前、米国で生まれた人材育成手法「コーチング」に出あった。

 「対象者の価値観を一緒に探求し、自分らしい進み方を促す。必要なら、そっと背中を押してあげる手法に衝撃を受けた」

 当時、国内でコーチングを導入しているのは外資系企業くらいだったが、柘植さんは仕事の傍ら、コーチング技術習得のためのプログラムを受講した。2005年にビジネスコーチとして独立。06年からスポーツ分野にも活動を広げた。

 08年北京五輪では柔道男子100キロ超級金メダルに輝く石井慧、14年ソチ冬季五輪ではスノーボードチームのサポートもしてきた。

 柘植さんのスポーツコーチングの手法は、長い人生の中で目標や五輪などの価値を位置づけ、やるべきことに自分で気づかせることを重視する。

 広い会議室の床に、数十年単位の時間軸を記したテープを貼り、1カ月ごとに区切ったタイムラインに大会や目標、その時に必要な行動などを記した付箋(ふせん)をつけていく。直近の大会、目標の五輪、現役引退の時期、人生の最終盤……。タイムラインの上を歩きながら、その時その時の自分の気持ちを想像し、今、なすべきことを逆算する。

 「試合前夜を想像した時、準備が完璧にできていないと眠れないだろうな、と感じたとする。すると、もう、試合まで時間的に余裕がないと気づく。自分で気づく、納得することが大事なんです」

 柘植さんによると、石井は北京五輪に向かう際、「負けたら生きては帰れない」という覚悟だったという。ソチのスノーボードチームの面々はそうではなかった。「人生の中の五輪の位置づけが人それぞれ違うのだから、違うのは当然」。そして「試合の瞬間だけにフォーカス(集中)して、どんなプレッシャーにも負けない鋼のような心をつくることを目的とはしていない。大事なのは自分で、自分の人生のハンドルを握ろう、ということ」。

 指導者が選手に教え、伝え、導くのが、これまでの日本のスポーツ指導の大勢を占めていた。柘植さんが理想と考えるのは、選手自身が自分の思いや望みに気付き、自分の中から湧き出る力でプレーすることだ。

 コロナ禍に見舞われたここ一年、後者の指導法に興味を示す指導者が増えてきたという実感がある。

 「オンラインのセミナーやSNSの広がりで、地域や世代、競技種目の枠を超えて、新たな知識を得る機会が増えたからだと思う」。興味を持ったプロクラブや大学からも相談を受けているという。

 一方、その指導法で競技力の向上につながるのか、と疑問を持たれるケースもある。「私自身は、結果も出ていると思っている。間違いなく言えるのは、海外で活躍するためには、自分の考えを表現する力が不可欠だということ。子どものころから『教えられて』きた選手が、海外に行って突然、意見を言えるようにはならない。小、中、高校時代から積み上げていく必要がある」

 では、実際、どうすれば選手は自分自身とうまく対話できるようになるのか。

 「これまでの指導は『伝える』『教える』ばかりで『聞く』ことができていない」。選手が自分の声に気づくきっかけづくりとして、指導者が選手から「聞き出す」ことが必要だという。

 コツは極めてシンプルだ。

 ▽今、自分に何が起きている…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

2種類有料会員記事会員記事の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら