語り支え合う311カフェ 原発避難者ら横浜で毎月

岩堀滋
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 東日本大震災による東京電力福島第一原発事故の後、福島県から神奈川県内などに避難してきた人たちが月1回、横浜に集まり、「311カフェ」の名称で語り合う場を設けている。2019年3月の開始から丸2年。心の奥底にたまる不安を吐き出し共有して支え合う場は、いつしか心のよりどころになっている。

 震災10年から10日後の3月21日、横浜市青葉区のコミュニティーカフェ「スペースナナ」で開かれた。毎回10人前後が参加する中、この日は悪天候もあり4人が集った。爆発した原発建屋に自衛隊のヘリコプターが放水していたことを振り返り、「あれだけ戦慄(せんりつ)が走った場面なのに、多くの人は忘れているのではないか」「原発事故のことを話せる場は貴重。どうやったらうまく伝わるのか」などと議論が続いた。

 「10年経っても、誰も責任を取っていない。震災10年と言われても腑(ふ)に落ちない」。カフェの呼びかけ人で、1月の会でそう訴えた鹿目(かのめ)久美さん(53)。原発事故の3カ月後、福島県大玉村の自宅から神奈川県相模原市緑区の実家に避難した。

 大玉村は避難指示区域ではないが、原発事故の影響におびえ、4歳の娘を連れての自主避難だった。周囲からは「実家に戻れてよかった」と言われたが、実家に戻ったことが望んだ状況ではないことを口にできず、悩みを抱えた。

 12年から、福島県内の母子を神奈川や都内へ数日間招き、一時的にでも放射能の影響を気にせず過ごしてもらう取り組みを始めた。「自分だけが避難してきた」という気持ちがいくぶん和らぎ、同じ境遇の母子に貢献できると考えると、心が落ち着いてきた。

 原発事故の影響を気兼ねなく話ができる場所があまりにもないことを自覚するようになった。同じ思いの避難者や支援者と意気投合し、始めたのが311カフェだった。鹿目さんは「つらい時はつらいと言っていい。助けてくれる人はきっといる」と話す。

 避難者でなくても、関心があれば誰でもカフェに参加できる。神奈川県原爆被災者の会二世・三世支部の副支部長で、父親が広島市で被爆した森川聖詩さん(67)=川崎市多摩区=もその1人。16年、横浜市の小学校で福島からの自主避難者の子どもがいじめに遭ったという報道に触れたことで、自らが学校で受けた差別経験がよみがえり、原発事故避難者との連帯を意識するようになった。「正しい知識を共有することや表面に出ない本音を語り合うことは重要」と話す。

 別の参加者、高村美春さん(53)は、福島県南相馬市に住み、「東日本大震災原子力災害伝承館」(同県双葉町)で原発事故の語り部として活動する。昨夏からオンラインでカフェに参加し、3月の会は横浜で実際に参加した。

 原発事故の後、南相馬市から避難したが、仕事の関係で戻った。311カフェについて「震災と原発事故を踏まえた私たちの記憶や経験を共感・共有してくれる場があることが救い。忘れられていないんだと感謝したい」と話す。

 鹿目さんは「カフェのような場所があれば、思いを受け止めてくれる人がいる。逆に、何かに苦しむ人が受け止められる側になれるかも」。今後も「思いを吐き出せる居場所づくり」に力を入れていく。カフェの継続が、自分に課した最大のミッションだ。岩堀滋