コロナ禍なければ息子は今も…自死者数、宣言明けに増加

安井健悟
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 自ら命を絶った人の数が昨年、11年ぶりに増加に転じた。新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が出た春ごろまでは、前年を下回っていた。コロナ禍で何が起きているのか。専門家は「様々な事情で社会から取り残され、思い詰めてしまう人が、今後も増える恐れがある」と警鐘を鳴らす。

 大阪府で飲食店を営む女性(58)は昨年11月、34歳の長男を自死で失った。長男は空調会社に勤めていた5年前、職場でいじめに遭い、精神的に不安定になって退職した。家族とほとんど会話しなくなり、布団の中で、天井を見上げて過ごす時間が多くなった。

 そんな中、コロナ禍に見舞われた。緊急事態宣言に伴う府の休業要請で、月30万円ほどあった店の売り上げはゼロに。夫の年金と貯金を切り崩し、日々をつないだ。生活が苦しくなった分、家族との時間は増えた。長男とリビングでコーヒーを飲み、たわいもない会話も交わせるようになった。だが、秋ごろには再び、長男は自室にこもるようになった。

 店の客足も、なかなか戻らなかった。売り上げは、多くてもコロナ禍前の半分ほど。1日の客が1人だけの日もあった。9月初旬、将来への不安から思わず、長男にこぼした。「これからどうしよう。週1回でいいから、あんたも仕事をしてくれたら……」

 数日後、予期せぬ言葉が返ってきた。「おれ、働くわ」。長男の決意に、喜びがこみ上げた。「ほんま? お母さん、うれしい」。だが、その2カ月後、長男は自宅の浴室で命を絶った。「期待をかけ過ぎ、追い込んでしまった。コロナ禍がなければ、違った人生があったかもしれない」。自死遺族の集いに参加して悩みを打ち明け、心を落ち着かせる日々を送っている。

 一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」によると、昨年4月の緊急事態宣言前後に「ステイホーム」が提唱され、自宅で過ごす人が増える中、自死を考える人たちから「社会全体が自分と似た状況になり、気持ちが楽になった」という声が寄せられるようになったという。

 厚生労働省が発表した昨年の月別の自死者数でも、2~6月は前年同月を下回った。緊急事態宣言が出された4月は16・9%減、5月も14・1%減だった。

 ところが、「Go To トラベル」などで経済が再び動き始めた7月には4%増に転じ、10月には前年の1・4倍に。それ以降も前年超が続く。背景には、コロナ禍による経済状況の悪化をはじめ、外出自粛や休校といった生活環境の変化など、さまざまな要因が絡んでいるとみられる。

 自死対策を研究する早稲田大学政治経済学術院の上田路子(みちこ)准教授(公共政策)は「緊急事態宣言が明け、通常の生活に戻れる人が次々と戻っていく中、取り残された人たちが生きづらさを感じた可能性がある」と指摘する。

 中でも、引きこもりの人やその家族の悩みや孤独感は深刻だという。「関西いのちの電話」(事務局・大阪市)の石井英隆事務局長は「引きこもりの人たちは日常的に接触する人が少なく、家族らに異変があれば影響を受けやすい。当事者だけでなく、家族が相談しやすい環境を作ることも必要だ」と話している。(安井健悟)

不安や悩みの主な相談窓口

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・よりそいホットライン 0120・279・338

・関西いのちの電話 06・6309・1121

・大阪自殺防止センター 06・6260・4343