明治の鉄道遺構「高輪築堤」どうする 市民向け一部公開

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一條優太、小川崇
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 日本で初めて鉄道が開業した際、海上に線路を敷くために造られた「高輪築堤(ちくてい)」(東京都港区)の遺構の一部が10日、市民に公開された。一帯ではJR東日本が再開発を進め、有識者らと遺構の保存方法について協議を続けているが、意見の隔たりも残っている。

 高輪築堤は1872年、日本初の鉄道が新橋―横浜間に開業した際、現在のJR田町駅付近から品川駅付近までの長さ約2・7キロに築かれた。その後、埋め立てられた際に撤去されたとも考えられていたが、2019年の品川駅改良工事の際に石積みの一部が見つかり、20年には再開発区域の高輪ゲートウェイ駅付近の車両基地跡からも発見された。確認された遺構は計約800メートルに及ぶ。

 10日に公開されたのは、JR東が再開発を進める1~6街区のうち、4街区から出土した遺構。長さ約380メートルの石垣のほか、日本初の鉄道信号機の跡とみられる遺構も含まれる。JR東は今月4日から見学者を募集したが、約460人が応募し、その日のうちに定員(280組)に達するなど関心の高さをうかがわせた。

 高輪築堤の周辺では、JR東がホテルやオフィスなどが入った4棟の超高層ビルを建設予定で、遺構を現地保存するのに必要な開発計画の大幅な見直しには消極的な姿勢を示してきた。

 これに対し、考古学者らでつくる日本考古学協会は「アジアの近代化の過程をも示す、世界史的にも稀有(けう)な遺跡」として、現地での全面的な保存と開発計画の抜本的見直しを訴える声明を発表。2月には萩生田光一文部科学相が「開発と保存を両立させ、現地で保存公開できるよう検討してほしい」と求めた。

 こうした動きを踏まえ、JR東は建設予定ビルの設計の一部を変更する新たな案を、JR東の有識者委員会「高輪築堤調査・保存等検討委員会」などに示した。歴史的価値が高いとされる「第七橋梁」と呼ばれる部分を中心に、2・3街区の遺構の一部を現地保存するが、それ以外は記録を残す「記録保存」にとどめる方向。1~4街区のビルの開業時期は当初予定の2024年度から変えない。変更に伴う費用は300億~400億円程度だという。

 関係者によると、検討委員会…

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