五輪憲章にうたわれた「差別反対」 実現どうすれば?

聞き手・増山祐史、編集委員・北野隆一 ロンドン=遠田寛生
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 五輪憲章は、いかなる差別にも反対しています。東京都が2018年、性自認や性的指向による差別的取り扱いを禁じ、ヘイトスピーチ解消を推進する条例を定めたのも、五輪開催都市として憲章の理念実現をめざすことが目的でした。スポーツ選手も研究者も、大切なのは「差別について考え、話し合うことだ」と説いています。

悩み 自分だけで考えないで 米国の体操銀メダリスト ダネル・レイバさん

 2016年に体操を引退し、昨年10月11日のカミングアウトデーで、バイセクシュアル(両性愛)かパンセクシュアル(全性愛者)と公表しました。思いはずっと頭の片隅にありましたが、否定し続けてきて、ようやく受け止められました。

 公表には覚悟がいりました。昔と比べれば受け入れられやすい時代とはいえ、家族や友人にまで影響が及ぶ可能性はあります。最終的には同じ悩みを抱える人の助けになりたいと思って決めました。

 幸運だったのは、自分は考えを主張し、多くの人とつながれるプラットフォームを持ち合わせていることです。自分の行動から、声を上げたり、公表したりすることは大丈夫だと伝えたかった。反応は大半が前向きでとても励まされます。正しい選択をしたと思います。

 私は米国代表で16年リオデジャネイロ五輪の種目別鉄棒と平行棒で銀メダルを獲得しました。体操を始めたのは3歳ぐらい。大会の映像を見たら人が空を飛んでいるようで、「ああなりたい」と思いました。

 16歳ごろからトップの大会に参加できるようになり、五輪出場が現実的な目標になりました。現役時代から尊敬しているのが内村航平選手です。コウヘイはすでに伝説ですが、五輪の2大会連続金メダルを含め、08年から10年近く世界でも日本でも連勝街道を突き進んだ。その偉業は今後誰もまねできないと思います。

 彼は歴代最高の選手であると同時に素晴らしい人格者です。言葉の壁があって深い話こそできませんでしたが、よく笑わせてくれる人で、競技会や練習で一緒になった時はすごく楽しく過ごすことができました。彼のためにも東京五輪が開催できることを願っています。コウヘイはきっと地元の大舞台で輝くでしょう。

 私は今、俳優業で頑張っています。自分を披露してお客さんを沸かす流れは現役と変わりません。すごく充実感があります。

 学生時代は、自分の性的指向についてあまり考えませんでした。当時は(LGBTQは)否定というか、馬鹿にされる風潮さえありました。自分としても女性を魅力的に感じていたので、両性愛については「いやいや違うだろう」と。

 でも、周りからはゲイ(男性愛)と認めるよう迫られました。「違う」と言ったことをよく覚えています。あのころは性的指向の違いがよく分からなかった。両性愛でも男性はゲイ、女性はレズビアン(女性愛)と決めつけられた。存在自体を消しゴムで消されていたかのように。だから、自認を避けてきたのかもしれません。

 差別を受けている人は、残念ながら私たちが想像する以上にたくさんいます。私の住む米国も、ここ数年で分断がひどく進みました。

 苦しんでいる方は、まずどんな状況でも信頼できる人を探してほしい。大事なのは悩みを話す行為です。口にすることで考えが整理され、時には答えにたどりつけます。自分の中にこもっていると、問題はぼやけたままで、脳にも伝わらないので把握できません。

 同時に悩みを打ち明ける相手が、必ずしも答えを持ち合わせていない事実も知ってください。相談時は答えを求めがちですが、具体的な対応策は、精神科医などの専門家に聞くのがいいと思います。

 たとえばここにシャツがあるとします。よく見るとしわが見つかり、アイロンが必要だと気づきます。専門家に相談すれば、状況に見合ったアイロンのかけ方を教えてくれるでしょう。どこにしわがあるかは自分で見つけて、指摘しないといけません。

 自分にとって頼れる人は母親でした。しょっちゅう口論になりますが、話は必ず聞いてくれます。感情的にならずに、彼女なりの意見や視点も言ってくれます。賛成できなくてもいいんです。自分の意見を言い、他者の意見を聞く。その繰り返しがとても大事だと感じています。(ロンドン=遠田寛生)

自分の「差別性」向き合おう 好井裕明・日本大教授(社会学)

 私たちは差別を「特別な状態にある人の行為」と切り離しがちです。自分は差別などしない「普通の人」であり、差別は対岸の火事のようなものだと。

 でも、人は誰でも差別的な言葉を投げつけたり、誰かを排除したりする可能性があります。例えば親友と「LINE」で会話しても、何げない一言やスタンプに傷つくことがある。被差別当事者の在日の人や障害者だって、差別をしないとは限りません。他者の理解は簡単ではない。むしろ、差別は他者とかかわるなかで半ば必然的に起きる摩擦熱のように「日常」的なものなのです。

 大切なのは差別をした時です。相手を断罪して謝らせただけでは恨みつらみしか残らず、考えるのが嫌になってしまう。謝って終わりではなく、なぜ差別をしてしまったのかを立ち止まって考える。そんな余裕が人にも、社会にも必要です。自分の中の差別性に向き合い、はじめて他者を理解できるようになるのです。だから私は学生に講義する際、「差別をしてはいけない」「あってはならない」とはあえて言いません。

 SNSは、便利さや拡散力が「余裕」を奪っている面もあると感じます。声をあげられなかった被差別当事者の思いを可視化した功績はあります。一方で、真偽様々な情報があふれ、それをすぐに受け入れるか拡散するかしてしまう。差別行為があると、議論の余地もないまま、あっという間に炎上する。これでは自分の中の差別性を考えるのは難しいでしょう。

 コロナ禍の今、差別を考えることの意味は大きい。今まではあるカテゴリーで「差別」「被差別」に分けられてきたが、コロナは明日、自分が感染者として差別を受けるかもしれない。多数派と少数派の立場がすぐに逆転し得るからこそ、想像力を働かせやすい環境だと言えます。

 メディアは政治家らの差別発言について、鮮度のいいときは盛んに報じますが、背景まで伝えることは少ない。

 数年前、あるお笑いコンビが、女子テニスの大坂なおみ選手に何が必要かと問われ「漂白剤」と差別的な内容のネタを披露しました。「ごめんなさい、もうしません」と謝罪したことを報じて終わりにせず、なぜこんなネタを作ったのか、なぜウケると思ったのかまで考える必要があります。

 東京五輪パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長の女性蔑視発言にしても、あの発言や考え方がどんな背景からできあがっているのか。今後どうすればいいのか。それを継続的に報じることが、差別を考える文化にもつながるはずです。(聞き手・増山祐史、編集委員・北野隆一

「価値観の崩壊・経験し変わる ザンビアとガーナでサッカー 森下仁道さん

 私は2018年、留学先のアフリカのザンビアでプロサッカー選手になりました。プロを目指す傍ら、スポーツを通じた国際開発を研究テーマに取り組んでいて、留学支援制度に応募したのがきっかけです。今は大学を卒業し、ガーナでプロ選手としてプレーしています。

 半年近く滞在したザンビアで差別を体験しました。アフリカでは中国政府の開発支援への反発もあります。現地の仲間の話では、雇用が失われたり、雇われても低賃金で過酷な労働環境で働かされたりする不満が多いようです。

 見た目が似ているため、アジア人への風当たりは強く、私もあとは契約書にサインという段階で「イメージが悪くなる」と契約が数回破談になりました。「お金があるのになぜ俺らの国でサッカーをするんだ。どんな意図だ? お前スパイだろ?」とすら言われたこともあります。やるせないし、自分ではどうしようもできないことがあると身に染みて感じました。

 外国人という意味で呼ばれる「ムズング」(直訳は白人)への差別もあります。コーチにトレーニングの意味を尋ねると、「ムズングだからって意見していいと思うのか。黙って聞いておけ」と言われました。

 現地では、外国との接点がまだ少なく、教育がまだ行き届いていないと感じました。そのため偉い人の意見が正しく思え、偏見や先入観で判断してしまいがちです。

 サッカーがあれば全て理解しあえるほど簡単ではないと、現地で痛感しました。でも、一緒に汗を流してみて、部分的にわかり合っていくことは可能と思いました。

 ザンビアではホスト先だった牧師さんが取り組むNGOに携わりました。家庭内暴力で帰れない、アルコール、薬物依存などの子をサッカーを通じて救う活動です。運営が厳しく、稼いだ給料は全て寄付していました。ガーナでもNGO活動は続けていきます。

 インクルージョン(受容)を意識し始めたのは、父親の仕事で5~10歳まで過ごしたオランダでです。サッカーが上達するうちに「うまいじゃん」って認めてもらえ、上級生チームにも呼ばれました。言葉が通じなくても異文化に受容されるありがたさ、尊さを感じました。

 小学3年で岡山に帰るといじめに遭いました。海外に住んだ人や外国人に免疫がない学校で、最初はおもしろがってくれましたが、ある時期から標的になりました。姉とオランダで使っていたリュックをランドセル代わりに使っていると「お前らだけ何で違うんだ」と言われ、かばんを石灰に入れられたり、体操服を隠されたり。つらかった。

 日本人が全てそうではないことは分かっています。でも、海外で数年過ごしただけで嫌がられ、気持ち悪く思われた。「なぜ受け入れてくれないんだろう」とすごく考えた時期がありましたし、「日本では人と違ってはいけない」という感覚も覚えました。人生のターニングポイントだと思っています。

 高校で留学したインドネシアでは、逆に自分の「差別的な意識」を考えさせられました。街を車で移動している際、物乞いする人を見て、とっさに「こうなりたくない」と感じた。排除ではないとはいえ、差別的な意識ですよね。それ以来、差別的な意識を全く持たないことは難しい。でも、持っているかもしれないと自覚することが大事だと考えるようになりました。

 差別をなくすには、想像力を豊かにすることが必要と考えます。もしかしたらこのような背景や価値観がある、と。想像力を養うには「価値観の崩壊」を経験することが大切ではないでしょうか。「思っていたのと全然違う」というような体験、価値観を見聞きし、触れていく。経験した人が情報を発信することも大事です。私もできるだけ多くの接点をつくりたいと思い、ユーチューブなどで情報を共有しています。

 また、私は否定的ではなく批判的に見ることも心がけています。米元大統領のトランプさんが言っていることは本当かもしれないし、違うかもしれない。部分的に合っているかもしれない。そういう視点で見ることが大事ではないでしょうか。

 マイノリティーの人が不快な体験をするのは、おそらく相手からそのカテゴリーをまず意識されるからではないでしょうか。出身や人種、障害、トランスジェンダーなど、どんな人を隣にしても身構えない。それが自然というか「だから?」という感覚になるのが理想です。いることが当たり前の状態をつくっていきたいです。

 日本で差別をなくすには「異」を認め、ありのままを受け止める「受容」を一人ひとりが自覚することから始まるのではないでしょうか。(ロンドン=遠田寛生)

互いに語って聞いて 前に進む ジャマイカの競泳選手 マイケル・ガニングさん

 「人はみんな意見をもっていい」。差別をなくすには、まずこの事実を知ることからだと思います。

 傷つけられ、ひどい扱いを受けたら、気持ちを正直に口にしていい。黒人や白人、人種など関係ありません。誰かに相談することが大事だと考えます。

 24歳だった2018年、私はテレビ番組でゲイ(男性愛)であることを公表しました。それまでは自分の性的指向を打ち明けられず、デートしたことすらありません。いじめられてきたのが原因で、自信が持てず、感情を抑えて育ちました。弱い面や他人と違う面は一切見せないように心がけていました。「借り物の姿」で生きてきた感じですね。

 番組に参加した全員が同じような性的指向の悩みを抱えていて、スペインの隔離された場所で生活しながら、それぞれの人生を話し合いました。本物の自分をさらけ出せた。とてもいい機会になりました。

 今では競技会に行くたびに、同じような悩みを抱えている人から相談を受けます。親に言えず苦しんでいた男の子が寄ってきたこともありました。テレビ番組で公表した後も、自分が選手生活を続けられている例は貴重なんだなと感じています。

 ジャマイカの競泳選手として東京オリンピック(五輪)を目指しています。英国とジャマイカの二重国籍を持つ私は英ケントで生まれ、4歳から水泳を始めました。ただ、黒人の私が早起きして水泳の練習に行くことが理解できない人も多かったです。

 陽気な性格もありほかの人と違うと言われ、いじめられました。黒人は泳げないという偏見から「泳いでいるんじゃない」「陸上をやっておけ」「変なやつ」って悪口も言われましたね。水泳が好きだったから、とてもつらかった。

 忘れられない痛みもあります。16歳のころ、学校の廊下でよく突き飛ばされました。理科の授業では、男子生徒から酸をかけられました。けがはなかったけど、ブレザーが変色した。悲しくて「こんな場所にいたくない」と思いましたね。両親が学校に出向き話をしてくれたので少し救われましたが、自信をすっかり失い、学校で孤立していました。

 そんな思いがあるからこそ、今は偏見を変えたい、壁を壊したいと思っています。

 昨年(白人警官に首を圧迫されて亡くなった)ジョージ・フロイドさんの事件も大きいです。悲しかったし、黒人として「声を上げないといけない」と火がつきました。

 自分の弟も18歳のころ、自転車で遊びに出かけたら警察に止められたことがあります。近くで黒人による窃盗事件が起きていたらしいのですが、洋服や背格好ではなく、肌の色だけで判断されました。世界中で同じようなことは起きています。

 みんなでの議論が唯一の改善策と考えます。人種や差別について話すことをためらわないでほしい。自らの体験を話し、他人の意見に耳を傾け、反対側の意見も知る。そこで前に進む方法をみんなで考えていくべきです。

 いじめや差別を受けている人は、1人で抱えないで。どちらも決して起きてはいけない。話しましょう。親や先生、友人、誰でもいいです。悩みを打ち明けた時点で、抱えていた悩みは半分に減ります。実際に助けてくれる人もいるでしょう。

 苦しさや学校に行きたくない気持ちは痛いほど分かります。でも自分は諦めたくなかった。おかげで乗り越えることもできました。カミングアウトした後は少し怖かったですが、幸いほとんど中傷されることなく、励まされることが多いです。

 そして覚えておいてください。「だめ人間」なんて誰にも言わせてはいけない。誰しもが十分な価値を持っているのですから。(ロンドン=遠田寛生)

包括的な差別禁止法 未整備

 第2次世界大戦終結時に発足した国際連合は、人権の無視が戦争などの野蛮行為をもたらしたことを反省し、国連憲章(1945年)や世界人権宣言(48年)で差別をなくし人権を保障することを宣言しました。人種差別撤廃条約(69年)や女子差別撤廃条約(81年)などは、いずれも締約国に対し差別を法律で禁止するよう求めています。

 日本も戦争への反省に立ち、47年施行の日本国憲法基本的人権を永久不可侵の権利とし、国民が法の下に平等であり差別されないよう定めました。ただ、人種差別撤廃条約など国連の諸条約に差別についての詳しい定義があるのに対し、日本では差別を包括的に定義し禁止する法律がいまだに作られていません。

 部落問題をめぐり69年から本格化した同和対策事業では、実態的差別に対し、同和地区の環境改善事業を実施。心理的差別の解消のため教育・啓発活動を行うこととしました。

 その後、小泉純一郎政権下では人権擁護法案野田佳彦政権下では人権委員会設置法案がいずれも審議未了で廃案に。第2次安倍晋三政権下では差別全般ではなく、個別問題に対処する形で立法が進められ、2013年に障害者差別解消法、16年にヘイトスピーチと部落差別の解消をめざす法律が作られました。これに対し野党側は人種差別撤廃条約で求められた差別禁止法を念頭に、人種差別撤廃推進法案を15年に提出しています。

 しかし上記3法にも差別を罰則で禁止する規定は盛り込まれず、「あってはならない」「許されない」とうたう理念法にとどまっています。戦前戦中の言論弾圧の経験から、憲法上の表現の自由の保障に例外を設けることに対し、憲法学者などから「デモなど表現行為に対する当局の恣意(しい)的な規制を招く」と懸念する声が根強いことも背景にあります。(編集委員・北野隆一

     ◇

 アンケートに寄せられた声を紹介します。

 

●自分が正しいと信じ込まない

 他人の内心の自由を尊重すること、公共の場で言っていいこと悪いことの分別を身につけること。そして自分が正しいと信じ込まない方が良いと思います。「差別を許さない」と声高に叫ぶ人たちほど、自分と違う考え方の相手に侮辱的な言葉でレッテルを貼り、差別をする傾向にあるように感じるからです。(東京都・30代女性)

●自分も当事者かもしれない

 この社会でまるっきり差別や人権侵害と関係を持たずに生きることはほとんどできないことのように感じるので、まずは自分自身が差別や人権侵害をしてきた/されてきた当事者であることを自覚する必要があると思う。それから、これまで差別や人権侵害の結果なにが引き起こされてきたのか、また、いま実際何が起こっているのかという事実を理解し、その事実と自分自身が関連づいていることを踏まえて、行動することが大切だと思う。(東京都・20代女性)

●自己肯定感の弱さが不安生む

 「同じ属性の集団」に属する安心を強く求めるのは、日本人が自己肯定感が弱く不安だからではないでしょうか。排他的になりまとまることで安心を得るのではなく、自分を肯定して人にも自分にも優しい人、余裕のある人が社会に増えれば差別は減るのでは、と考えます。(東京都・40代女性)

●自分が嫌なことは人にしない

 各個人の理解が重要。特に、最近はSNSによって、表では分からない所で差別や侵害が起こっていると考えます。小さい頃から言われていることではありますが、「自分がされて嫌なことは人にしない」。このことが大切だと思う。発信発言する前に、さまざまな面で考えを巡らせることが必要だと考える。(福岡県・10代男性)

●差別の根本は弱い気持ち

 差別の根本は差別する方の弱さだと思う。優越感を味わうことで安心感を得るという貧しい気持ちだ。自己を表すことができる手段をみんなが持てる豊かさがあれば、差別はなくなるのではないか。(神奈川県・60代女性)

●行きすぎたバッシングに疑問

 人権教育や報道、またネットでの発信は重要だと考えますが、最近のポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)やマスコミのバッシングは、あまりに行き過ぎており人権侵害を助長して逆効果と思います。差別主義者と認定されたら、その人に人権は無いのでしょうか。彼らに何をやってもよいのでしょうか。これこそ人権侵害や差別ではないでしょうか。犯罪者にも人権はあると言いますが、犯罪をおかしてもいない人が異常なバッシングをされ、人権侵害されるのはなぜでしょうか。私こそ正義と思って歯止めが効かない人や報道には、自分がやっていることをもう少し冷静に振り返ってほしいと思います。(栃木県・50代男性)

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 差別に抗議する選手が増えました。各自の影響力を使えば、様々な方面に声が届く可能性があります。処分などリスクを承知で動く人もいます。選手を通じて差別問題を考える取材がしたいと思いました。

 私自身が声を上げられなかったことも関係します。小学生のころから米国で過ごし、「肌が黄色い」などののしられた経験は何度もあります。最初は差別が理解できず「被害妄想かな」と悩みもしました。

 話を聞いた選手の多くは言います。「実体験を共有すれば、差別問題を自分事に感じ話し合ってくれるかもしれない」。応援する選手の話だから胸に響くこともあるでしょう。それは学びと理解を深める作業につながる気がしています。(ロンドン=遠田寛生)

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