歴史の扉こじ開けた松山 「最後まで緊張しっぱなし」

畑中謙一郎
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 日本男子ゴルフ界の悲願がついに達成された。米ジョージア州オーガスタで11日まで開催されたマスターズ・トーナメント。最終ラウンドを単独首位から出た松山英樹(29)が圧倒的なゴルフで優勝を果たした。「メジャー」と呼ばれる男子の4大大会を日本選手として初めて制した。

 松山は試合後のインタビューで「朝からずっと緊張していて、最後まで緊張しっぱなしで終わりました」と苦笑。日本勢初の優勝について「僕が勝ったことで、日本人が変わっていくんじゃないかと思います」と話した。

 日本選手最初の4大大会挑戦は、1932年の全英、全米両オープンに出場した宮本留吉にまでさかのぼる。以後、世界の層の厚さに何度もはね返されてきた。

 日本選手が最も優勝に近づいたのは、1980年の全米オープン。当時38歳の青木功さん(現日本ゴルフツアー機構会長)が、帝王ジャック・ニクラス(米)と4日間、同組でプレーし、惜しくも2位となった。「バルタスロールの死闘」と呼ばれ、今なお語り継がれる名勝負だ。

 この偉大な2人のゴルファーと松山は不思議な縁を持つ。6歳の時、地元愛媛のゴルフ場で練習していた青木氏と会った。初めて接したプロゴルファーだった。青木氏から手招きされて、近くで練習を見せてもらった。「大きかった。僕の背丈は青木さんの胸の高さくらい。子供でもオーラを感じたのを覚えている」と松山は語る。

 プロになってからも、節目節目で目をかけたのが青木氏。メジャー大会で優勝争いに加わりながら、優勝に届かない松山に対して、「またチャンスはある。頑張れ」と励ました。

 ニクラスとも縁を持つ。松山が14年に米ツアーで初優勝を飾ったメモリアル・トーナメントは、ニクラスが創設し、ホストを務める大会。「すごい才能だ」と当時から松山の将来性を見抜いていた。

 マスターズ最終日の前にはツイッターでこうつぶやいた。「青木とはメジャー大会で何度もプレーした。彼は今でもヒーローだ」

 そしてこう続けた。「松山は本当に手堅い選手。4打のリードは大きい。日本で大きな注目を集めるだろう」。マスターズで最多6度の優勝を誇る帝王の予言通り、抜群の安定感を見せた松山が、歴史の扉をこじ開けた。(畑中謙一郎)