東芝改革が残した功と罪 生粋の銀行人が信じた「天命」

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内藤尚志
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 東芝の再生に向け約50年ぶりに外部から経営トップについた車谷暢昭氏が、14日に辞任した。銀行出身者による「改革」は何をもたらしたのか。

 「一つの天命、男子の本懐と受け止めている」

 車谷氏は2018年2月の就任前の会見で、東芝の社外取締役から会長職を要請されたときの心境をこう語っていた。旧三井銀行で企画畑を歩み、住友銀行などとの統合後に副頭取もつとめた生粋のバンカーだ。大手電機メーカーの経営は専門外ともいえるが、不安は表に出さなかった。

 当時の東芝は米国の原発建設で巨額の損失を出し、経営難にあえいでいた。営業利益の9割を稼いでいた半導体メモリー事業(現キオクシア)の売却先を決め、上場廃止の危機を脱する道筋はつけたものの、再建の青写真を描けていなかった。

 車谷氏は18年春に就任すると、社内に新風を吹きこんだ。手がける事業を22種に分け、その一つひとつについて黒字化の可能性や将来性を見極めた。銀行が貸出先を「正常債権」「不良債権」にはっきりと区別するやり方に通じる。巨額の損失リスクがある米国のLNG(液化天然ガス)事業からの撤退も決断した。

 東芝をはじめとする日本の大企業は、採算がきびしい事業でも止めることは難しいといわれる。事業ごとの縦割り意識が強く、経営トップであっても経験のない事業には口を出しにくい。事業の中止で損失を出せば、トップの責任も問われる。成長の見込めない事業でも問題を先送りしがちだ。

 外部から東芝に入った車谷氏は、社内のしがらみにとらわれずに事業の見直しを進めた。コスト管理を徹底し、赤字を出さない姿勢を鮮明にしていた。

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5年で3人に1人が社を離れた

 そうした経営にリストラはつきものだ。18年秋に発表した5カ年の新再建計画「ネクストプラン」では、従業員の5%にあたる7千人を削減する計画を盛りこんだ。東芝は15年の不正会計発覚後から人減らしを進めていた。さらにリストラが続くことに、社内には戸惑いや落胆が広がった。

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