姉妹2人「必死に生きた」 熊本地震で犠牲の母にバラ

有料会員記事熊本地震

長妻昭明 堀越理菜 藤原慎一
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 最大震度7の揺れに2度見舞われた熊本地震の発生から、14日で5年が経った。失われた多くの命を悼み、各地で祈りが続いた。残された人は、犠牲になった家族や友人の面影を胸に、ふるさとの復興や教訓の継承を誓った。

 2016年4月14日の「前震」で、益城町は最初の震度7の揺れに見舞われた。前震で亡くなった宮守陽子さん(当時55)の益城町馬水(まみず)の自宅跡には14日、娘や両親らが訪れた。陽子さんが地震発生時に座っていたリビングのあたりに、バラやアジサイの花を手向け、祈った。前震発生時刻にはろうそくをともし、手を合わせた。

 「母が亡くなってから、妹と2人になって、必死に生きてきた。5年はあっという間だった」。長女(28)はつぶやいた。

 揺れに襲われた時、陽子さんとリビングにいた。潰れた家の下でどうにか隙間を探し、抜け出した。「お母さん」と大声で呼んだが、反応がなかった。

 父親は地震前に事故で亡くなっていて、三つ下の次女(25)と2人の生活が始まった。「自分が妹を支えないといけない」と責任を感じ、前だけを見ようと心に決めた。それでも、「やっぱり親に相談したいなと思うことが多くあって、その時は生きづらいなと感じた」。次女は落ち込んだり、さみしいと思ったりした時、「お仕事頑張ってね」「体調はどうね」などと母が送ってくれたLINE(ライン)のメッセージを見返した。

 母が亡くなってから、母のすごさに気づいたこともあった。命日には母の友達から欠かさず連絡があり、花を供えてくれた。「みんなに好かれていたからだと思う。やっぱりすごかったんだね」と長女は次女と顔を見合わせた。

 2人は毎日、自宅の仏壇に手を合わせる。母に心配させないように「元気に頑張っているよ」と、明るい話だけを報告する。

 うれしい報告ができた。長女は昨年3月に結婚式を挙げた。次女も来年2月に式を挙げる。「母はたぶん心配していたよね」と次女。長女は「これでようやく安心させられたね」と笑みを浮かべた。(長妻昭明)

父の木に命救われた

 熊本県庁で14日に営まれた熊本地震の犠牲者追悼式で、冨岡謙蔵さん(58)=熊本県嘉島町=は遺族代表として祭壇の前に立ち、語った。「私たち家族は、父が命を守ってくれた」

 4月16日未明、自宅1階で寝ていて、激しい揺れで目が覚めた。天井が背中のすぐそばまで落ちてきた。隣部屋の父の王将(おうしょう)さん(当時83)に何度も声をかけたが、返事はなかった。懐中電灯で周囲を照らし、なんとか外へ出た。

 夜が明けて、自宅が玄関先の…

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