シイタケの原木はいつ使えるようになるのか

田中基之
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 東京電力福島第一原発事故により、福島県内では阿武隈山地にあるシイタケ栽培用の原木の生産はストップしたままだ。震災前、原木の国内有数の産地を支えていた県内の農家はどのように暮らし、いつになったら阿武隈の原木は再び使えるようになるのか。

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 震災前から阿武隈山地で原木用のコナラの伐採を続けている福島県石川町の阿崎茂幸さん(78)は4月上旬、遠く離れた下郷町の山林でコナラの木を切っていた。

 阿武隈山地のコナラは今でも放射性セシウムの濃度が高く、原木として使える国の指標値50ベクレル(1キロ当たり)を上回る。下郷町など南会津地方の山なら濃度が低く、原木として出荷できるからだ。

 経営する阿崎商店の社員がコナラを伐採し、シイタケ栽培用のホダ木として90センチに切っていく。ただ、マツとの混合林が多く、コナラがまとまって群生しているわけではない。震災前は30万~40万本のホダ木を生産していたが、今年は約1万本ほど。阿崎さんは「阿武隈山地のようなシイタケ栽培に適した原木ではない。でも、商売のためにはここの木を切っていくしかない。阿武隈の木が栽培に使えるようになるのが復旧、復興だと思う」と話す。

 阿武隈山地を中心に福島県は震災前、国内の1割弱に当たる年間約470万本の原木を生産し、全国3位の産地だった。味が良いシイタケが採れると評判で、約270万本は県外に流通していた。現在は南会津地方などで約8万本が生産されているに過ぎない。

 西郷村の北野徹さん(68)はシーズンの冬から春に岩手県軽米町に住み込み、山林で原木の伐採を続ける。震災後、原木を求めて県外へ出た。東北地方の木もセシウムが高く、岩手県でも盛岡市よりも以北でないと、安心して伐採できないという。

 北野さんは「場所にもよるが、福島の原木を使えるようになるのは難しいと思う。楽しい我が家を出て、家族が離ればなれで生活していることが悔しい」と話す。

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 国立研究開発法人・森林総合研究所(茨城県つくば市)によると、福島第一原発の事故で山林に降り注いだ放射性セシウムは約9割が地表から約5センチの土壌にとどまっている。樹木は根から放射性セシウムを吸収し続けるため、内部に一定量が存在している。

 シイタケ栽培用のコナラは20~25年が伐採に適している。震災から10年たったコナラは今後、シイタケ栽培に使えるようになるのか。同研究所研究員の三浦覚さんは「阿武隈山地の汚染の程度が高いところでは、現実的にはすぐに使うのは難しい。でも南部の汚染度が低いところでは、一度伐採すれば次は使える山も出てくるのではないか」と見通しを話す。

 同研究所によると、原木のセシウム濃度は土壌に含まれるカリウムの量も関係する。シイタケがセシウムをカリウムと誤って吸収してしまうためだ。

 カリウムを山林にまくなどして原木のセシウム濃度を抑える手法はあるが、森林は広範囲なうえ、コスト面など実用化には課題も多い。三浦さんは「確実に原木が使えるとわからないと、農家が費用をかけることは難しい。シイタケ農家のために原木として使える山をどうやって探すかが課題です」と話す。

 一方、県は夏に原木を使ったシイタケ露地栽培のマニュアルをつくり、来春から農家にシイタケ栽培を始めてもらう考えだ。ただ、放射能に汚染されていない他県産の原木の使用を想定し、県林業振興課の担当者は「阿武隈山地の原木を使って栽培することは現時点では難しい」と話す。

 原木生産の中心的な役割を果たしてきたふくしま中央森林組合都路事業所では、県の森林再生事業を活用して、コナラの伐採や植林を進めている。いまある原木が使えないなら、新たにコナラを育てて20年後にシイタケ用の原木として使おうという試みだ。

 渡辺和雄所長は「芽が出て成長したコナラが、シイタケ栽培に使えるかどうかわからない。でも20年過ぎたら、高齢化しているシイタケ農家はいなくなってしまう」と話す。(田中基之)