広島に被爆ピアノ資料館建設 修復して演奏会開く調律師

高原敦
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 広島で被爆したピアノを修復して各地で演奏会を開いている調律師・矢川光則さん(68)が、地元の広島市内に「被爆ピアノ資料館」を造ることになった。名古屋市内の空襲で被災したピアノも展示する。矢川さんは「被爆ピアノを永久に保存し、平和や命の大切さを学んでもらえる場所にしたい」と話している。

 平和の尊さを訴えようと、矢川さんが被爆ピアノを使った演奏活動を始めたのは2001年。学校や自治体などの招きに応じ、戦争や原爆にまつわる企画や平和学習などで47都道府県すべてをめぐった。その数は約1500カ所、約2500回に上る。

 ピアノは普段、矢川さんが営む広島市郊外の工房で保管している。演奏会では基本的に矢川さん自らピアノを積んだトラックを運転し、現地に赴いてきた。

 70歳を控えた矢川さんは、現在の活動を続けながらも将来を見据え、「自分の死後も永続的に被爆ピアノが保存でき、広く鑑賞してもらえるような場所を」と考え、建設を決めた。

 場所は広島市安佐南区。自身のピアノ工房に隣接して建てる。敷地面積は約90平方メートル。ピアノの保存に向くよう木造の平屋にする。「被爆ピアノ」のほか、ほかの都市で被災した「空襲ピアノ」も含めて10台前後を展示。楽譜やメトロノーム、爆風でピアノに突き刺さったガラス片なども並べるほか、小規模な講演会や演奏会ができるスペースを設ける計画だ。

 空襲ピアノのうちの1台が、名古屋市内で米軍の空襲に遭ったアップライトピアノだ。戦争末期、現在のバンテリンドームナゴヤ(名古屋市東区)周辺の住宅で被災したとされる。

 軍需工場が集積していた名古屋市内は、計63回も空襲に遭った。矢川さんはこのピアノについて、「演奏はできるが、側面が大きくえぐられ、見た目はひどい。原爆だけが戦争被害ではない。展示することでほかの空襲の被害も学んでもらえる」と語る。

 資料館建設は始まっており、7月のオープンをめざしている。矢川さんは「戦後75年が経ち、記憶の継承が課題になっている。保存された被爆ピアノはその大きな役割を担っていくと思う」と強調する。

 「みんなで建てた資料館としたい」との趣旨で、協賛金も募っている。問い合わせは「ひろしま被爆ピアノ友の会」事務局(082・848・9533)へ。(高原敦)

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 被爆ピアノ 米軍による1945年の広島、長崎の原爆投下時に爆心地付近(約3キロ圏)で被爆したピアノを指す。被爆2世でもある矢川さんはうち6台を所有。米同時多発テロ(ニューヨーク)やノーベル平和賞(オスロ)にちなんだ催しなど海外でも演奏された。