モンデール元米駐日大使が死去、93歳 基地問題に尽力

ワシントン=園田耕司

 元米副大統領で駐日大使を務めたウォルター・モンデール氏が19日、ミネソタ州ミネアポリスの自宅で死去した。93歳だった。クリントン政権の駐日大使として米軍基地縮小問題に取り組み、米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の日本への返還合意に尽力した。

 複数の米メディアが同日、伝えた。

 1928年、ミネソタ州生まれ。同州選出の上院議員を経て、76年大統領選で民主党候補者のジミー・カーター氏から副大統領候補に指名され、大統領選に勝利したカーター氏のもとで77年1月に第42代副大統領に就任した。

 しかし、80年大統領選でカーター氏は共和党ロナルド・レーガン氏に敗北。モンデール氏は次の84年大統領選で、民主党候補として現職のレーガン氏に挑んだが、敗北した。

 93年に民主党のクリントン政権が誕生すると、モンデール氏は駐日大使に指名されて就任し、96年12月まで務めた。

 駐日大使の在任時の95年に、沖縄で米兵による少女暴行事件が発生した。米軍基地日米安保体制への不信感が沖縄で高まる中、米軍基地の整理、縮小問題に取り組んだ。

 橋本龍太郎首相と会談を重ね、96年4月、最大の懸案だった普天間飛行場を「5年ないし7年以内」に日本に全面返還することで合意。橋本首相とともに発表した。ただ、25年たった現在、普天間飛行場の返還は実現していない。

 2008年11月、桐花大綬章を受章した。

 カーター元大統領は19日夜、声明を発表し、「米国史上ベストの副大統領だった」とモンデール氏の死を悼んだ。(ワシントン=園田耕司)

官房長官「思いも引き継ぎ、普天間全面返還をめざす」

 元米副大統領で、駐日大使を務めたウォルター・モンデール氏の死去を受けて、加藤勝信官房長官は20日午前の記者会見で、モンデール氏が1996年4月に橋本龍太郎首相(当時)と米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の返還に合意したことを紹介したうえで、「25年が経過しているが、政府としてはモンデール氏の思いも引き継ぎ、地元のご理解も得ながら、普天間飛行場の一日も早い全面返還をめざす」と述べた。