ピン子さんの顔写真が1面に 橋田寿賀子さんが泣いた訳

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編集委員・後藤洋平
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 脚本家橋田寿賀子さんが今月4日、亡くなった。95歳だった。その2日後の6日午前、公私を共にした俳優の泉ピン子さんを単独取材した。

 脚本を担当したドラマは必ずリアルタイムで視聴し、放送中に電話がかかってくると「誰だ! 私のドラマを見てないやつは」と怒った。泉さんの還暦時には「どうせ税金で持っていかれるから、あんたの好きな人を集めなさい」と盛大なパーティーの費用を全額負担してくれたのに、終わると「350万円もかかったのよ」と言われた。旅行先の国々では現地ならではの料理が楽しみだったといい、ピラニアやアザラシなども一緒に食べた。

写真・図版
記者会見の席で並ぶ橋田寿賀子さん(右)と泉ピン子さん=2013年

 「昨日から新聞もテレビも見ず、ずっと泣いていたのに、話していたら楽しい思い出がよみがえってきた」。つとめて明るく振る舞っていた泉さん。だが、橋田さんの訃報(ふほう)を朝日新聞がその日の1面で報じていると伝えると、「本当ですか……。すごく悲しいけれど、とてもうれしい。ママ(橋田さん)も喜んでいると思います」との言葉とともに、嗚咽(おえつ)が漏れた。

 真っ先に朝日新聞の単独取材…

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