日本初の鉄道の跡「高輪築堤」、一部を保存へ JR東

小川崇、神宮桃子
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 1872年に日本で初めて鉄道が開業した際、海上に線路を敷くために造られた「高輪築堤」(東京都港区)の遺構について、一帯で再開発を進めるJR東日本は21日、一部のみを現地保存する結論を出した。築堤をめぐっては全面的な保存を主張する有識者らとの間で協議が続いていた。

 高輪築堤は、日本初の鉄道が新橋―横浜間に開業した際、現在のJR田町駅付近から品川駅付近までの長さ約2・7キロに築かれた。その後、埋め立てられた際に撤去されたとも考えられていたが、2019年以降に出土した。これまで確認された遺構は計約800メートルに及ぶ。

 JR東は、出土した遺構周辺で超高層ビルの建設を計画している。24年度中の整備を目指しており、開発計画の大幅な見直しを伴う現地保存には消極的だった。しかし、専門家や国などから現地保存を求める声が相次いだ。そのため、計画の一部を変える案をJR東の有識者委員会などに示し、保存方法について議論を重ねてきた。

 JR東によると、再開発の区域は国道15号沿いの1~6街区があるが、歴史的価値が高いとされる「第七橋梁」部分を含む約80メートルなどを中心に、2・3街区の遺構の一部を現地保存し、一般公開を予定。それ以外の約700メートルは記録にとどめて撤去などする方針で、今後も調査を続ける。24年度中の整備に変更はないという。また、4街区の日本初とみられる信号機の土台部を含む約30メートルは、再開発区域内に移築保存する。

 開発担当の喜勢陽一常務取締役は「文化財的な価値を認めた上で、開発計画も大きなプロジェクトであり、両立を今後図っていくために議論を重ねて、ぎりぎりの判断だった」と説明した。これまで議論を続けてきた有識者委員会は、一部の現地保存に一定の評価を示した上で「4街区を記録保存することは、その文化財的価値を損なうために承認できないが、開発計画の時間的制約からこれをやむなしとせざるをえなかった」との見解を発表した。

 今年2月、現地視察で開発と保存の両立をJR東に求めていた萩生田光一文部科学相は、朝日新聞の取材に「全部残せるなら、それにこしたことはないけれど、JRも長い年月をかけて準備した開発だと承知している。丁寧な努力はしてくれた」と話した。

 東京都港区の武井雅昭区長は「高輪築堤跡は、国内初の鉄道開業時の歴史や技術を伝える貴重な遺構だ。その象徴的な部分を現地に保存することで、将来に向けて良い形で継承することが期待できる。区としても協力したい」とのコメントを出した。(小川崇、神宮桃子)