「あの江上か」 やまびこ打線の元主将、コーチになった

辻健治
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 1980年代前半、強打で金属製バットの球音を幾度も響かせ、甲子園の主役に躍り出た池田高校(徳島)の「やまびこ打線」。その中軸を担ったかつての球児が今年、指導者としてグラウンドに戻ってきた。活動の場に選んだのは、意外なチームだった。

 太い眉毛は高校生の頃のまま。がっしりとした体格は風格を増した。江上光治(みつはる)さん(56)は今年1月、大阪府八尾市を拠点とするNPO法人のクラブチーム「八尾ベースボールクラブ」(BC)のコーチに就任した。

 「本当に野球が好きな子たちで、キラキラしている。彼らと野球ができるのは楽しい」。人懐こい笑みを見せた。

 知人の紹介で知り合った八尾BC総監督の河島博さん(62)から協力を要請された。少年野球や高校などで限定的に指導した経験はあったが、転勤族のため個別のチームに専念するのは難しかった。子育てが一段落したこともあり、単身赴任中に舞い込んだ打診を引き受けた。寒川豪選手(21)は「子どもの頃から高校野球が好きだったので『江上って、あの江上か』と驚いた」という。

 「攻めダルマ」と呼ばれた蔦(つた)文也監督(故人)が率いる池田の主力として、江上さんは高2夏から3季連続で甲子園へ。82年夏と主将だった83年春は優勝し、史上4校目の「夏春連覇」を達成した。当時珍しかった筋力トレーニングで鍛え上げた打撃は、その後の高校野球に大きな影響を与えた。

 3番打者で「やまびこ打線」の象徴的な存在だった江上さん。早大でも主将を務め、日本生命では都市対抗野球や日本選手権で優勝し、マネジャーやコーチも歴任。アマチュア野球の第一線で白球を追った。現在は日本生命の営業マンで、業務の合間を縫ってボランティアで八尾BCの練習に向かう。指導で重視する点は「まずは規律ですね」と話す。

 2005年設立の八尾BCは、学生や社会人が入り交じる。次のレベルへのステップアップを目指したり、野球を楽しむことを優先したり。目標も人それぞれだ。一方で、江上さんは「チームみんなが勝利に対して同じ価値観を共有すべきだ」と考えていた。

 全体練習は週2日。専用グラウンドもない。江上さんは練習量の少なさを補おうと、選手らとLINEでコミュニケーションを図ることも多い。選手が参考にする動画を確認し、その内容に違和感があれば選手と意見交換をする。また、自分が良いと思った動画を共有して自主練習で実践してもらうよう促す。萩原悠右選手(27)は「丁寧にかみ砕いて教えてくれる。オンとオフのメリハリがあってチームの雰囲気が良くなった」。

 チームは全日本クラブ選手権への初出場を目標に掲げる。3日、大阪・和歌山1次予選の初戦を突破。試合後、江上さんは勝利をたたえつつ、「もうちょっと緊張感を高めていくべきやな」と引き締めた。サプライズもあった。選手からウィニングボールを手渡された。この日が56歳の誕生日。「ありがとう!」。円陣に笑顔が広がった。その後、初めて西近畿予選へ進出。しかし、18日の1回戦で敗れた。

 池田で夏の甲子園を制したとき、蔦監督は59歳になる直前だった。「粘り強く、諦めないこと」。恩師が亡くなってまもなく20年。学んだことが、指導者になって改めて大切だと感じる。「野球のおかげで貴重な経験を重ねてきた。その経験を次の世代に伝え、若者を育てる。野球へ恩返しすることが一生の仕事だと思う」と、かみ締めるように言った。(辻健治)