世界遺産でも苦しい観光業 日本人街があった港町を歩く

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ホイアン=宋光祐
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 隔離や入国制限で市中から新型コロナウイルスの感染者をなくす「ゼロコロナ」戦略をとってきたベトナム世界保健機関(WHO)などから封じ込めに成功したと称され、市中感染の不安はほぼなくなっている。

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日本人が16世紀末に作ったといわれる「来遠橋」。別名で「日本橋」とも呼ばれる=2021年4月6日、宋光祐撮影

 しかし、世界的な感染収束が見通せないなか、観光業を中心に大きな影響を受けている。外国との往来緩和を求める声はあるものの、政府は慎重で、ワクチン接種者を対象に隔離を免除する「ワクチンパスポート(接種証明)」にも懐疑的な見方がある。コロナ対策成功の陰で、観光業はどうなっているのか。世界遺産の町を訪ねた。

「日本語使うのは1年ぶり」

 ベトナム中部クアンナム省の港町ホイアン。15~19世紀半ばまで栄えた貿易港の町並みを保存した姿から1999年に世界遺産に登録された。かつては日本人街もあり、町のランドマークになっている「来遠橋」は日本人が作ったと言われ、日本とも縁が深い。

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夜になるとホイアンの町には名物として知られるランタンに明かりがともる=2021年4月6日、宋光祐撮影

 「日本語を使うのは1年ぶり。コロナで観光客が来なくなって、外国語を話す機会がなくなった」。4月上旬、旧市街の入り口のチケット売り場で入場券を買うと、応対してくれたベトナム人女性は日本語で「ありがとう」と言った後に嘆いた。

 コロナ禍の前までは世界中から観光客がやって来て、歩くのも大変なくらい混雑していたという。ところが今は、ほとんど人が歩いていない。レストランや雑貨店など通りの店も閉まっている。

 町を案内してくれた旅行ガイドのズオン・ミン・ハイさん(36)は「営業を続けているのは、自宅をお店として使える人たちだけ。店舗を借りている人たちはほとんど店を閉めてしまった」と話す。ハイさんもコロナ禍の前までは旅行会社と土産物店を経営していたが、今はすべて休業し、フェイスブックで民芸品を売ったり、通訳のアルバイトをしたりして生計を維持している。

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日本語でホイアンの町をガイドするハイさん=2021年4月6日、宋光祐撮影

 2009年1月から半年間…

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