ハチミツとがんと葛根湯 酒井健司コラム500回の秘訣

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聞き手・伊藤隆太郎
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 内科医の酒井健司さん(49)が10年前に朝日新聞アピタルで連載を始めたコラム「医心電信」が、5月に通算500回を迎える。患者と医者のよりよい関係を目指し、わかりやすくて役に立つ情報発信を続けてきた酒井さんに、コラム執筆の秘訣(ひけつ)や、自身の哲学などについて聞いた。

 ――執筆を始めたきっかけは?

 もともと2005年ごろから、医療問題や身辺雑記をつづるブログを続けていました。2011年春に、医学的根拠の乏しい代替医療に関する問題をアピタルが取りあげ、注目されていました。私もコメントを出し、アピタル編集部とやりとりなどをするうちに、コラム執筆を依頼されました。当時、自分は匿名でブログを書いていましたが、これをきっかけに実名を明かして、医療情報を発信しようと決めました。

 でもまだ若かったし、不安もありました。コラムに対する意見や反論などが勤務先の病院に寄せられ、職員の仕事を増やしたり、ほかの医師が快く思わなかったりしないかと。

 ――業務外活動のやり方は、時として悩ましいですよね。どう乗り越えて、継続してきたのですか。

 日常診療をしていると、目の前の患者さんに対してだけではなく、多くのみなさまに伝えたいと感じることがいろいろ出てきます。病気の予防や治療、健康な生活などのために「こうしてほしい」「これを知っておいて」と願うことが結構ある。一人ひとりの患者さんと向き合ってお伝えするだけでは限界があります。コラムのかたちにして発信していくことは、患者にとっても医師にとっても有用なことだと自信を持つようにしました。

 そのために、普段から「これは多くの人に伝えたいなあ」と感じることをすぐにメモにして、ためています。そして週に1度、このメモをまとめてコラムにする、というのが私のスタイルです。メモは机の前にぺたぺたと貼っており、集まってきた頃に「今週はこれを伝えようか」などと考えます。

 ――話して伝える方がよい場合と、文章で読んでもらう方がよい場合があると。診療とコラムの両輪を回すことで、この両方をこなせるのですね。

 さらには、書くことが自分自身の勉強になる、というメリットも大きい。話して説明するときは、論文の根拠などをそれほど細かく説明するわけではありませんし、例示する数値などもおおまかなほうがむしろ分かりやすいこともあります。しかし文章に書くときは、違います。きちんと原典にあたって、正確に紹介します。そうやって、きっちりと調べる過程でさらに新しい関心が出てきたり、知見が得られたりします。

ときどき悩むテーマ選び

 ――それにしても、体力も話題も尽きることなく続くことに驚きます。

 いいえ、「何を書こうかなあ」と悩むことは、ときどきあります。そういうときは、いまの世間の話題がなにかを家族に尋ねたり、医療関係のニュースを見て回ったりして、ひっかかるものを探し出して深掘りします。

 たとえばノーベル賞にもなった「免疫チェックポイント阻害薬」の話題などは、私自身がこの病院で使うわけではありませんし、それほど身近な薬でもありません。でもなぜか、みんなが知りたがるし、私自身も知ってはおきたい。だからいろいろ調べて深掘りしていくと、さらにいろいろなことが分かる。コラムにまとめるなかで自分自身の勉強にもなります。

 ――コラムは毎週、いつ執筆するのですか。

 勤めている病院は月曜日から土曜日までの週6日勤務で、このうち水曜と土曜は午後が休みです。コラムを書くのは、この水曜の午後。昼過ぎに仕事を終え、自分で車を運転して30分ほどかけて帰宅し、昼食をとったあとで書きます。

 この水曜日までの1週間は、「これを書こうかなあ」などと思い浮かんだことなどをメモにして蓄積していますので、いよいよ水曜日に「どれとどれを組み合わせようか」などと考え、2時間ほどかけて書くわけです。これがもう何年も続いている習慣的なパターンですね。

 ――コラムの内容によっては、世界の最先端の研究論文を読み解くときもあれば、ごく身近な体験談を紹介している時もあり、硬軟はさまざまですね。

 でも執筆時間はそんなに変わりません。論文はそれまでにすでに病院の業務としても読んでいますし、ほかの医師や研究者が何を取りあげてどんなコメントをしているかも参考にしています。ですから論文を見つける作業も、その概要を把握する作業も、それほど時間をかけずに効率的にこなせます。一種の「慣れ」ですよね。

 ただし、いざコラムを書く段階になると、医学用語をどこまでかみ砕いて説明するかといった悩みは毎回あります。これは線引きが難しい。そのまま使うと理解しづらい用語もありますが、かといって言葉を置き換えると正確さが失われるケースも少なくありませんから。

モチベーションには悩まない

 ――しかし毎回、正確さと分かりやすさの絶妙なバランスが取られています。どうやって身につけたのでしょうか。

 コラムを始めるまでに、ずっとブログを続けていたからでしょうか。ブログにはコメント欄があり、読んだ人から即座にリアクションがあります。だから、どこが難しかったのか、どう直せばいいのかなどが、そのたびに把握できる。そんな蓄積がいつの間にか、自分のなかにあったのかもしれません。ブログのように、即座にやりとりができるメディアというものは重要でしょう。

 やる気を維持する悩みのようなものは、とくにありません。「モチベーションを保つ」みたいなことを意識したことはないです。これがもう習慣になってしまっているので。それに、世の中にはものすごいアウトプットの執筆者がたくさんいます。休まずに毎日、何千字も書いている人がいて、そんなエベレストの高みのような人に比べれば、自分はふもとをうろうろ歩いているようなもの。週1回で1千字ほどなら、自分には無理せずに続けられるちょうどよい量ですね。

 ――医療関係のブログや記事は大量にありますね。フォローしていますか。

 とても全部は読めませんから、かなり選別しています。しっかりフォローして常に読むことにしている医療関係の執筆者は、ほんの十数人くらい。これ以上は決して増やさないようにして、ときどき入れ替えをします。

 この十数人の選び方は大切です。自分とはちょっと方向性の違う人にするのがコツ。たとえばワクチンについてなら、絶対的な信奉者でもないし、絶対的な反対論者でもない人にします。冷静な視線で、功罪の両面をしっかりと見極めている執筆者の意見が、もっとも参考になります。そして「きちんと根拠を示しながら、ちょっと変化球を投げてくれる人」がありがたいし、勉強になります。

反響大きかった三つの記事

 ――これまでのご自身のコラムで、特に反響が大きかったものや、思い出深いものはどれでしょうか。

 次の三つの記事でしょうか(*現在は掲載期間を過ぎており、読むことはできません)。

・昔の赤ちゃんはハチミツを食べても大丈夫だった?(2017年4月24日)

・「がんが消えた」ように見せかけるトリック(17年7月31日)

・風邪のひきはじめに葛根湯は効くか?(16年12月12日)

 こうして読み返すと、我ながら良いことを書いてますね。

 1本目は、当時のニュースで大変に注目された「ハチミツを食べて乳児が死亡した」という件をめぐって、「でも昔は食べていたよね」といった反応があったので、どう考えるべきかを考察しました。

 2本目は、いかにも治療効果があるように装う「ニセ医学の定番」のような話題です。間違った医療情報を見抜ける力を身につけてほしいという願いも込めて書きました。

 3本目は、流行期などに繰り返して取り上げている風邪の話題です。そもそも風邪に効く薬はないのですが、来院した患者さんなどから「お薬が欲しいんです」と言われると、理屈だけで対応するのは難しい面があります。そこで、むしろ元気なときにこそ読んでほしい話題として書きました。

 ――最近では、新型コロナウ…

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