映画を語る楽しさ教わった 名支配人に学んだ名古屋の夜

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編集委員・石飛徳樹
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編集委員・石飛徳樹

 映画記者になって20年以上が経つ。馬齢を重ねるとはこのことだ。スタートは1999年、名古屋にいた時だ。東京と違って映画業界も小さい。東宝も東映も読売も中日も、会社を超えて連日飲み明かし、映画について語り合った。映画の記事の書き方はすべて夜の名古屋で学んだ。

 その恩人の一人が平野勇治さんだ。名古屋シネマテークというミニシアターの支配人。細身で長髪。ヒゲを蓄え、知的な空気を醸していた。風貌(ふうぼう)の通り、話の内容は論理的だが、風貌と違って、口調は優しかった。

 映画は見るのも楽しいが、語るのがまた楽しい。それも平野さんに教わった。相手を説得しようと、言を弄(ろう)している間に新しい発見が出てくる。すると映画の輝きが更に増す。平野さんに論戦を挑み、いつのまにか彼の意見が元から自分の主張だったかのように都合良くすり替わっていたことも少なくない。

 平野さんが亡くなったと聞い…

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