「人口信仰」からの脱却 豊かさ・幸せ、人増えなくても

松田果穂、近藤康太郎
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 日本の人口減が続き、「このままでは国がもたない」って言いますが本当ですか? 人口が増えないと生産も消費も財政も回らないという論には、国民を国家の「材・財」とする上から目線が潜んでいそう。そんな論に異を唱える人を報告します。前編は過疎の現場から。オラこんな村いやだ? そんな悲惨でも、ねえってばよ。(松田果穂、近藤康太郎)

関わり続けて「親戚」に 関係人口

 コンビニねエ。信号もねエ。車もそれほど走ってねエ。

 群馬県南牧村(なんもくむら)に、しかし、大学はある。「なんもく大学」は都心の若者を集めて村でイベントを開く団体だ。事務局長の古川拓さん(26)は大学時代に全国の地方を旅し、訪れた南牧村にほれこみ、昨年1月、とうとう移住した。

 村から借りる古民家が“キャンパス”。フェイスブックで募集し、祭りの手伝いやメープルシロップ作りをするが、一度きりの体験にしないのがみそ。材料をもらったり教えを請うたり、村人と関わってもらう。人と関わると、リピーターになる。

 地域と継続的に関わりを持つ地域外の住民を「関係人口」という。2016年ごろから広まり始めた概念。古川さんはその意義を「防災」と表現する。「災害大国の日本で、避難生活は人ごとじゃない。それ以外にも、人生だれしも立ち往生することはある。“親戚”が全国にどれだけいるのかが死活的に大事」

 まだ実家の横浜市に暮らしながら村へ通っていたころ。古川さんは長野県の高校生数人を車で案内した。突然、季節外れの大雪に見舞われた。不安そうな高校生を連れ、困り果てていた古川さんに、村で自動車整備工場を営む男性が声をかけた。「俺の車のタイヤは雪でも大丈夫。子供らは送ってあげる。古川くんも今のうちに横浜に帰りなさい」

 古民家の家賃は1万5千円。地域の清掃や自治会に顔を出せば「余ったから」「規格外で出荷しない」とお年寄りが野菜を分けてくれる。

 地域と継続的な関係をもつとは、つまり「親戚」になることではないか。近くの他人より遠くの親戚。人口増ではない。しかしセーフティーネットは、お互い、ひとつ増える。

利益求めず会いに行く 交友人口

 南牧村の西北端にある限界集落・星尾地区に、秘湯中の秘湯がある。山が切り立ち、細流の音がかすかに響く。テレビ局も取材に来たという奇岩の上に立つ、築150年の古民家、そこにかつてあった温泉公衆浴場を再現したもの。千葉県松戸市から定年後に移住した米田優さん(73)と群馬県太田市出身の小保方努さん(44)が、2人で営む民宿に、湯治場を復活させた。

 民宿はボランティアの手に支えられている。多くは定年退職した元会社員で、前職を生かし、電気配線や大工仕事をうけおってくれた。いまも約10人が定期的に訪れる。米田さんは「みんな、役割があるから心地いい。定住者ではないけれど、一種の人口ですよね」。

 2014年、民間研究機関「日本創成会議」は人口流出が進み存続できなくなるであろう自治体を「消滅可能性都市」と名指しした。南牧村も「消えゆく村」の烙印(らくいん)を押された。

 創成会議は「地域拠点都市に投資と施策を集中する」ことも提言。行政サービスは全国に行き届かないから、いわば「集中して住んでくれ」という効率化の要求だが、米田さんは「いやですよ。そんなの、小さな東京を作るに過ぎない。枝葉が弱ったら、幹も危うい。一極集中して生産性をあげるのが近代だったが、もはやそんなに合理的じゃなくなったのは、たとえば日本の食料自給率が4割を切るというのでも分かる」。村から一番近い隣町のコンビニに車で30分だが、周囲は畑作をしている家が多く、露地物を食べて生活して困らない。「これが、豊かってことじゃないんですかね」

 定住だけが人口じゃない。同じことを話す人が、山を挟んだ隣の神流町(かんなまち)にもいた。「田舎暮らし体験処(どころ) 木古里(きこり)」オーナー高橋隆さん(82)は、08年から田舎の豊かさを教えている。畑の茶葉で作る紅茶。庭のアカマツでサイダー。あたり前に身の回りにあるもので、おカネをかけずに楽しむ。コロナ禍前は首都圏から年間400人以上が訪れていた。

 激しい夕立で行き暮れた若い男女が、軒先で雨宿りをしていたことがあった。聞けば、富山県に行く途中だという。「野宿する」という2人を半ば強引に泊めた。翌日、畑仕事を手伝ってくれた。数年後、2人はそれぞれに結婚し、男性は妻子を連れて訪ねてきた。女性の別荘に招かれ、誕生日を祝ってもらった。家族ぐるみの付き合いが始まった。

 観光やイベント、アンテナショップの利用者も含めた関わりを「交流人口」と呼ぶ。1990年代半ばに作られた官製用語だが、「交流は、利益を求める。交友は単に会いたいから、会いに行く。交流人口より、交友人口が上等でしょ」。

適当な「疎」も町の売り 応援人口

 「適当に『疎』があるまち」として「適疎」をうたう東川町は、北海道のほぼ中央、大雪山連峰のふもとにある。松岡市郎町長は「『疎』という余白に価値がある」という。その余白に参加してもらう仕組みが、ふるさと納税を活用した「ひがしかわ株主制度」だ。

 納税した人は「株主」。通常の返礼品の「株主優待」もあるが、「株主総会」がユニークだ。町が旅費を補助して開く「総会」では、株主が観光など町の施策に提案する。一方、植樹など町の事業も手伝ってもらう。上水道がない町では、地下水の浄化につながる。町に直接、関わる。それが「応援人口(=町のファン)」につながる。

 町は転入が転出を上回る社会増が続く。人口は1994年の約7千人から約8400人に増えた。それでも松岡町長は「単純に人口増が幸せとは限らない。過疎でも過密でもない、ちょうどいい疎を探したい」と話す。

 「ヨシノリコーヒー」を営む轡田(くつわだ)芳範さん(51)は、北海道旭川市から妻の紗世さん(39)、長女の百合音さん(6)とともに15年に移った。田んぼの真ん中に突然開いたコーヒー店。最初は「よそ者」だが、町内会の集まりに店を使ってもらい、神社の祭りで祭壇を置くのに店を貸したりしているうちに、地域で役割をもつ「町の人」になっていった。今では近所の農家がトラクターに乗りながら、店のスペシャルティーコーヒーを楽しんでいく。

 「ゆるく関わること。続けること。ちょうどいい暮らしのコツかも」と芳範さんは話す。

手をかけ感謝され愛着 地域

 「長く自分で手を入れていると、自分のものに思えてくる」

 山を1人で管理する黒沢完一さん(78)は言う。15年前は会社を経営し、忙しく働いていた。「週に1日でいいから」と頼み込まれた管理人業。登山者が来れば道案内をするうちに、3日に増え、5日に増え、気付けばほぼ毎日になった。自身の会社を廃業したこともあり、今は月のうち25日以上は山にいる。

 登山道は年々劣化する。台風で道が流されれば、倒木を確認し、15メートルもある丸太を切り倒し、土留めを作る。杭も手すりも、山にある木を利用する。狭くて重機は入れない。すべて手作業。山道を歩けば、足を引っかけそうな木の根を丁寧に切ってあるので、それが知れる。

 群馬と長野の県境にあるその山の名は、御巣鷹の尾根

 1985年の日航ジャンボ機墜落事故で520人が犠牲になった。もともと犠牲者のことを一人も知らなかった。事故に特別な思い入れもない。

 「でも人間は馬鹿なもんでね。自分の手を動かし、感謝されれば、自分のものになるんさ」

 それが山であれ、村であれ、くにであれ――。黒沢さんを動かすのは、猛暑の日に遺族からもらう一粒の塩あめであったりする。

 人口1135人の群馬県上野村は、消滅可能性都市に名指しされた。自治体としては消える可能性はあるだろう。しかし、〈地域〉は、消してはいけないのではないか。

 「村が消えても、御巣鷹の尾根は消しちゃなんねえ。自分のものだと思って引き継ぐ人がいればいい」

地域に溶け込む気持ちよさ あなたの感じる豊かさとは?

 神流町産業建設課の井上信人さん(41) トレイルランニングの大会で、人口1730人の町に訪れる800人近いランナーに宿を提供し、多くの住民が「自分の手で」町に関わりを持っている。「役割を持つ」実感があれば、自然と地域に愛着が生まれる。

 南牧村教育委員会事務局の佐藤則行さん(44) 児童が少ない分、一人ひとりの教育に人とおカネと時間をさける、つまり未来にきめ細かい投資ができる。子供たちと地域の大人が、授業や行事で密に触れ合うことで「このまちで生きる」未来を想像してもらえる。

 東京から南牧村へ移住したハンガリー人、フォルゴ・テオドーラさん(35) 暮らしている古民家で水道が詰まれば近所の人が助けてくれる。反対に、お年寄りにインターネットの使い方は教えられる。お互いを当たり前に補い合えることが、人として自然。

 東川町でコーヒー店を営む轡田芳範さん(51) 車で1時間の圏内に山も川も街もある。「密」とは無縁の環境で、かつ生活のための都市機能から離れすぎずに暮らしていける。「できる範囲」「ゆるく長く」で、地域に溶け込んで気持ちよく生きられる。

ご意見、ご提案はasahi_forum@asahi.comメールするへ。アンケート「里親制度を知っていますか?」をhttps://www.asahi.com/opinion/forum/で実施中です。

来週は休み、5月9日に「『人口信仰』からの脱却」<2>を掲載します。