人の心動かすには? 香取慎吾、舞台で感じたある思い

榊原一生
[PR]

慎吾とゆくパラロード

 朝日新聞パラリンピック・スペシャルナビゲーターの香取慎吾さんがさまざまなパラ競技に挑戦する「慎吾とゆくパラロード」。今回は、2008年北京パラリンピックから正式競技となったパラローイング(ボート)の有安諒平選手(34)と対談しました。若いダンサーと一緒に舞台に出演する香取さんと、チームのリーダー的存在の有安選手。立場は違いますが、語り合っていくうちに、共鳴するものがありました。

 「こんにちは!」。有安選手の耳に、香取さんの声が響いた。

 《画面に寄ってもいいですか。》

 有安選手は香取さんが映るモニターに顔をグッと近づけて、表情を確かめた。香取さんは手を振った。

 《どう? 見えてる? 有安さんの見え方はどんな感じなの?》

視野の中心が見えない

 有安選手は答えた。

 《中心暗点といって、中心部分の視野が欠けている状態です。15歳の頃から徐々に視力が低下し、20代半ばで今の状態になりました。》

 視力が低下したことで一時はスポーツが好きではなくなったという。

 《サッカー、野球などスポーツをすればするほど、目が悪くなっていくのを実感し、できないと感じさせられたんです。心の中ではやりたいと思っていても、中学、高校とずっと運動を避けていました。》

香取慎吾さんとパラローイングの有安諒平選手による対談は4月30日付朝刊スポーツ面の「慎吾とゆくパラロード」でも、1ページを使って紹介します。

 香取さんは過去に出会った選手から、障害によって体を動かすことを諦めたという思いを何度か聞いてきた。香取さんは有安選手に尋ねた。

 《スポーツをやりたい、と思っていても、踏み出せない人はいっぱいいるよね。そのような人たちに有安さんはどう言うの? 「やった方がいいよ」って伝えるのかな?》

 有安選手は即答した。

 《チャレンジして欲しい。自分の障害のとらえ方を変えるきっかけになりますから。僕は自分以外の視覚障害者が柔道をやっているのを知って「やっていいんだ」と思えた。スポーツをやる上で自分の障害はまさに障害でしたが、パラリンピックを知り、障害がその舞台へのチケットのように思えた。初めて障害者になってよかったと感じたんです。》

 笑みを浮かべた香取さん。

 《一歩を踏み出すことって大事だね。元々柔道をしていたのに、なぜパラローイングに転向を?》

多様性示す競技

 有安選手はパラローイングならではの魅力を語り始めた。

 《社会人になって仕事をしながら大学院にも通い、道場が開いている時間に練習できない状況になってしまった。2016年のパラ選手発掘プログラムでボートに触れ、視覚障害者肢体不自由者、さらに健常者が一緒に乗り込むその多様さに衝撃を受けたんです。面白そうって。》

 競技は1人乗り、2人乗り、男女2人ずつでチームを編成する4人乗りの3種目がある。4人乗りでは肢体不自由と視覚障害の各選手を組み合わせて速さを競う。4人乗りの有安選手は、その難しさを口にした。

 《まず認知度の低いボートで4人のクルーをそろえるのが大変。そこから個々の競技レベルも高めていかないと世界では戦えません。視覚障害の選手は両手、両足が動くのでボートの出力を担うなど、お互い得意なところ苦手なところをカバーし合い、4人のこぎ手の動きがどれだけシンクロするかユニフォーミティー(統一性)を大事にしています。》

 香取さんは大きくうなずいた。

 《すごく分かる。僕はこの4月、若いダンサーたちと一緒に舞台をやってきた。動きを合わせることは重要。だけど、それよりもみんなの気持ちがどこに向かっているかということも大事だよね。粗くても魂をぶつける踊りができれば、それで人の心は動かせるんだと思う。》

慎吾ママに聞きたい

 有安選手は言った。

 《響くものがあります。僕らのチームは選手の障害、体格も様々。動きをそろえること自体が難しい。でもレース前、終盤でお互いを信じる気持ちのユニフォーミティーにずれがあってはいけない。慎吾さんの言葉で改めて気づかされました。》

 有安選手が続けて言った。

 《慎吾さんに聞いてもいいですか? 僕はクルーの中で年長ということもあり、リーダー的存在なんです。でもみんなをまとめるタイプじゃない。慎吾ママなど色々な役柄をやられてきた慎吾さんは、求められるポジションに対し、どう応えてきたのですか?》

 香取さんは間を置いて言った。

 《んー、苦手と感じている自分の気持ちは関係ないんじゃない。周囲はきっと自分が思っている以上にリーダーだと思っていると思うよ。そこで自分がひるんではいけない。リーダーシップをとろうと頑張っている姿は十分に伝わっている。だからそのままでいいんだよ。》

 有安選手の表情が少し和らいだ。

 《なるほど。求められているキャラを周りは理解してくれているんですね。これから東京大会の出場枠をかけた大会があるので、躊躇(ちゅうちょ)せずにやっていきたいと思います。》

 香取さんはエールを送った。

 《有安さんは大学院で研究もする「水上の研究者」なんだよね。リーダーとして自然に強い発言も言えるように期待してます。頑張って!》(榊原一生)

 有安諒平(ありやす・りょうへい) 1987年、米サンフランシスコ生まれ。15歳の時、視力が低下し、黄斑ジストロフィーの診断を受ける。2016年に視覚障害者柔道からパラローイングに転向。18年の世界ボート選手権大会に出場し4位。理学療法士として働きながら、杏林大医学研究科博士課程で神経生理学の研究も。東急イーライフデザイン所属。