辞めるつもりだったのに… 最初で最後の箱根が変えた

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辻隆徳
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 初めての箱根駅伝が最後の舞台。そう決めていたのに、箱根が競技から離れるのを引き留めた。難波天(たかし)(22)は、大学卒業後に地元・福井に帰ると伝えていた彼女を説得してまで再び走ることを選んだ。

 「練習はきついですが、毎日が刺激になっています。先輩からはけっこういじられていますけど」

 電気工事会社トーエネック名古屋市)のジャージーを着た難波は、笑いながら近況を語った。

 昨年11月。麗沢大4年の難波は「箱根で燃え尽きたい」と話していた。麗沢大は4年連続で惜しくも出場権を逃したものの、予選会で完走者541人中11位だった難波は箱根駅伝で関東学生連合チームのメンバーに選ばれていた。

 初めてつかんだ箱根の舞台で、すべてをぶつけようと思っていた。難波はこのときすでに地元の福井で就職も内定しており、「地元に帰って、早く友達とお酒を飲みたい」と引退するつもりでもあった。

 そんな難波の気持ちに変化が生じたのは、昨年12月に2泊3日であった関東学生連合の合同合宿の時だった。

 練習を終えてホテルに戻ろう…

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