聖火リレー2日間で181人駆ける 沿道に密状況も

浜田綾 佐藤修史 神崎卓征 神谷裕司
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 東京五輪聖火リレーが25、26両日に宮崎県内で開催され、2日間で計181人が12市町を駆け抜けた。関連行事の縮小やネット中継の視聴呼びかけなど新型コロナウイルス感染症対策もとられる中、一部の沿道などでは一時的に人が集まる状況もみられた。聖火は鹿児島県に引き継がれる。

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 宮崎県内に聖火が到着した25日、スタート地点となった高千穂町では出発式が開催された。会場の高千穂神社では、地元の保存会によって神楽などが披露され、高千穂町の甲斐宗之町長は「八百万の神々が見守る中、ランナーや沿道の皆様の心に残るイベントになってほしい」と述べた。

 河野俊嗣知事が第一走者の後藤清香(さやか)さん(15)=宮崎大宮高校1年・町出身=のトーチに火をともした。くしふる神社までの約1・4キロを8人のランナーがつなぎ、沿道の人たちは拍手したり旗を振ったりしながら見守っていた。(浜田綾)

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 「延岡が誇るオリンピアン、宗茂さん、猛さん!」

 延岡市役所前では25日、そんなアナウンスとともに双子の宗兄弟(ともに68)が姿を見せ、大きな拍手がわき上がった。

 兄の茂さんと右手にトーチを持った猛さんが並走し、沿道の観衆に笑顔で応えた。ともに1984年ロサンゼルス五輪の代表選手だ。読谷山洋司市長は「(コロナ感染防止のため)どうか大声を出さないで」と呼びかけていたが、「宗さーん!」との声援も。

 市内在住の会社役員の男性(47)は「県内でもコロナが拡大中なのに大丈夫かなと躊躇(ちゅうちょ)しつつ、一生に一度あるかないかの機会なので見に来ちゃいました」。

 リレーを終えた後、猛さんは「50年過ごしてきた延岡への感謝の気持ちを込めて走った」。茂さんは今夏の五輪の日本代表選手に向け、「地元開催の利を生かし、暑さを味方につけてがんばってほしい」とエールを送った。

 1964年東京五輪で50キロ競歩に出場した三輪寿美雄さん(88)も「県内最高齢」の走者として延岡市内を走った。「この火が国立競技場に灯(とも)されるんだと思いながら走った。コロナ禍ですが、できれば満員の観衆が拍手をする様子を見たい」と話していた。(佐藤修史)

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 1日目の聖火は夕方、県庁に到着した。防災庁舎前に作られた特設ステージでは、橘太鼓「響座」の和太鼓と「村上三絃道」の津軽三味線の共演、学生ダンスチームによるダンスなどが上演された。

 この日の最後のランナーは、2004年のアテネから16年のリオまで4大会連続で出場した競泳五輪メダリスト松田丈志さん(36)が務めた。トーチを持った松田さんに、沿道からは拍手と声援が送られた。松田さんがステージに駆け上がり、聖火皿に聖火を移すと、会場からは大きな拍手が上がった。松田さんは「聖火が希望の灯になってくれるようみんなで頑張っていきたい」と話した。

 県は新型コロナウイルス感染症の感染防止対策として、聖火リレーを沿道ではなくインターネットの中継で視聴するよう呼びかけ、セレブレーション会場の人数を制限する対策をとった。

 しかし一部の沿道やセレブレーション会場では、聖火ランナーがやってくると一目見ようとする観覧者が集まり、密状態になる場面もあった。(神崎卓征)

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 都城市内では2日目の26日、市街地の約1・45キロで9人が聖火をつないだ。大勢の市民らが沿道で小旗を振って応援した。

 出発前に「まちなか広場」でミニセレブレーションがあった。市内の第1走者の大学生、中村美月さん(19)が持つトーチに、池田宜永市長が聖火を点火。中村さんは笑顔で手を振りながら国道10号を走った。

 新型コロナ対策のため、「おかげ祭り振興会」によるアトラクションなどは中止に。池田市長は「世界中で新型コロナの感染が拡大している中でのオリンピック、パラリンピックとなるが、この聖火は希望の光だと思う」とあいさつした。(神谷裕司)