東郷平八郎が揮毫 戦前と戦後、考えの変化映す石碑

沖縄タイムス・城間有
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 戦前の沖縄の人や風景を写した写真165枚が、朝日新聞大阪本社(大阪市)で見つかった。戦前の沖縄の写真は戦災で多くが失われ、まとまった形で見つかるのは珍しい。その中から選んだ写真を紹介する。

 今帰仁(なきじん)城は15世紀の琉球王国統一前に沖縄本島北部を支配していた勢力、北山(ほくざん)が、中国や東南アジア、日本との交易の拠点にしていた。

 1931(昭和6)年に城内で撮影された「山北今帰仁城址(じょうし)」の石碑には、連合艦隊司令長官で「英雄」とされた東郷平八郎の名前が見える。

 23年、首里城跡に「沖縄神社」創建が許可され、琉球王国の史跡が次々と国家神道に結びつけられていった。民間の信仰の対象だった今帰仁城跡も神社化が検討され、その中で29年、地元の名士が今帰仁城址碑を建てた。今帰仁村歴史文化センター元館長の仲原(なかはら)弘哲(ひろてつ)さん(71)は「地元の人々の考えが戦前と戦後で変わったことを示す碑」とみる。

 沖縄戦今帰仁村にも大きな被害をもたらした。戦後、地元住民の間で、東郷が揮毫(きごう)した碑が軍国主義の象徴として批判の対象となり、60年までに撤去された。代わりに据えられたのは、志慶真(しじま)乙樽(うとぅだる)という女性が子どもへの愛を詠んだ琉歌の歌碑。城址碑は撤去の際に二つに割れたまま現在、村歴史文化センターの収蔵庫に眠っている。(沖縄タイムス・城間有)