同じ衣装、瓦ぶきの建物へ 石垣島で廃村後も続いた祭り

沖縄タイムス・城間有
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 戦前の沖縄の人や風景を写した写真165枚が、朝日新聞大阪本社(大阪市)で見つかった。戦前の沖縄の写真は戦災で多くが失われ、まとまった形で見つかるのは珍しい。その中から選んだ写真を紹介する。

 沖縄・石垣島西部に位置する名蔵(なぐら)(「のーら」とも読む)集落の御嶽(おん)(拝所)で、髪のまげに布を巻いた同じ衣装の女性たちが瓦ぶきの建物に向かっている。

 女性たちは「ツカサ」と呼ばれる神職者。石垣市観光文化課の寄川(よせかわ)和彦さん(47)は「人数が多いので、島中のツカサが集まったのだろう。見たことがない。感動した」と話す。撮影されたとみられるのは1941(昭和16)年ごろ。当時、名蔵には台湾などからの移民が住んでいたが、行政的には廃村になっていた。しかし祭祀(さいし)は続けられたようだ。御嶽の拝殿をかやぶきから瓦ぶきに改築し、41年9月24日に盛大な例祭が行われたとの記録がある。写真の裏には「結願(きつぃがん)祭」と書いてある。

 この年、9月21日の皆既日食を取材するため、全国から新聞記者が集まっていたという記事が地元の新聞に載っている。名蔵には戦後、台湾や宮古島沖縄本島などから人が移り住み、再びコミュニティーができた。名蔵御嶽では現在、台湾移民の子孫が毎年「土地公祭」を行っている。(沖縄タイムス・城間有)