亡き友・義父と一緒に 聖火リレースタート 奄美は初

奥村智司 仙崎信一
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 東京五輪聖火リレーが27日、鹿児島県内で始まった。聖火は志布志市を出発し、2日間にわたって14市町で192人のランナーがつなぐ予定だ。新型コロナウイルス感染防止のため応援が制限されるなか、沿道では集まった人が温かく走者を迎えた。28日は出水市を出発し、種子島などをへて終点の指宿市へ向かう。

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 スタート地点の志布志市で第1走者を務めたのは地元の看護師、安川明美さん(52)。出発式のあと、聖火を手に志布志港の埠頭(ふとう)を走った。

 安川さんは2016年に乳がんが発覚し、切除手術を受けた。いまも定期的に治療に通う。「同じように乳がんと闘う人たちに勇気を与えられたら」。そんな思いもあって聖火ランナーに応募した。

 新型コロナの感染拡大で、東京などに再び緊急事態宣言が出される中での開催。「こんな大変な状況で走っていいのか、笑顔を振りまいていいのか……」。看護師として複雑な思いもあるが、自分にできることをやろうと切り替え、当日を迎えた。

 本来の日程なら、ともに病院で乳がんと闘った同年代の友人が応援に駆けつけてくれるはずだった。コロナでリレーも1年延期に。その友人は昨年12月に他界した。もう一人、リレーを楽しみにしてくれていた義父(82)も、つい10日ほど前に病気で失った。

 「名誉ある最初の走者なので、火を消さないようにと思っていました」。トーチを右手に掲げ、海風を受けながら200メートルほどの距離をゆっくりと走り、次の走者に聖火をつないだ。

 「亡き友や亡くなった父と一緒にトーチを持って走った、そんな感じでした」

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 聖火は離島の奄美市も駆け抜けた。中心市街地の約3キロを奄美群島の住民ら計18人がトーチを掲げて走った。1964年の東京五輪で聖火は奄美に来なかった。沿道にいた同市の椎野政子さん(83)は「前回は白黒テレビで見るだけだった。島でできてうれしい」と声を弾ませた。

 ランナーの通過前に係員が「密を回避」「声出し禁止」と観覧のルールを書いた紙を示していたが、交差点やゴール付近では、求められる2メートルの距離が保てずに並ぶ様子も見られた。

 聖火ランナーを務めたミュージシャンの川畑アキラさん(52)は、地元の与論町をアピールしようと「Yポーズ」を決めた。「新型コロナで1年延期された中での聖火リレーだったので感慨深い。全国を巡って無事に終わることを切に願っている」と話した。(奥村智司)

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 鹿児島市の山田あかりさん(25)は28日に南九州市を走る。「全国の人と聖火をつないで、みんなで盛り上げていきたい」

 母の名は五輪子(さわこ)さん(56)=霧島市東京五輪があった1964年に生まれ「五輪選手のように元気に育ってほしい」と名付けられた。聖火ランナーには親子2人で応募したが、あかりさんだけが当選した。

 あかりさんは小学校から高校まで陸上に打ち込み、中学時代はリレーで九州大会に出場した。

 「みんなの力があったからこそ。聖火リレーでもつなげることの大切さを伝えたい」

 ふだんは県職員として県内の農業を支える。「農家の人に元気を与えたい」が聖火ランナーの志望動機。五輪子さんからは「自分の分も頑張って」と励まされた。「周りの人も笑顔にできるよう元気よく走りたい」。母の思いも胸に、リレーを楽しむつもりだ。(仙崎信一)