そこには大久保真紀の名があった 作家・小川糸さん寄稿

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作家・小川糸さん寄稿 私は「同志」だと思っている

 初めて、「大久保真紀」という新聞記者の名前を意識したのは2013年の12月、「ザ・コラム」という欄で小泉元首相との会食について書かれた記事を読んだ時だ。面白い感覚の方だな、というのが第一印象だった。

 それ以降、折に触れて大久保さんの記事を目にするようになった。いい記事だなぁと思って読み終えると、そこには必ずと言っていいほど「大久保真紀」の名前がある。後にも先にも、新聞記事を読んで号泣したのは、大久保さんの署名記事だけだ。大久保さんの書かれる記事には、芯のところに人としての温(ぬく)もりがある。

 弱き者の立場に立ち、声すらも上げられない人々の心に耳を寄せ、かすかに響く叫びや呻(うめ)きを言葉にする。決して焦らず、じっくりと時間をかけて相手の声を掬(すく)い取っているのが伝わってくる文章だ。とりわけ、児童虐待に対しての眼差(まなざ)しはどこまでも深く優しく、静かな怒りに満ちていた。

 公務員をしていた私の母は…

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