ガラパゴスで見たピュシス 福岡伸一さんに聞こえた声

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 みなさん、新・ドリトル先生物語、楽しんでいただけているでしょうか。今日は、この企画の着想に至った経緯について少し触れてみたいと思います。

 昨年の早春、まだコロナ禍が世界を覆うその寸前、長年の夢がかなって南米沖合1000キロにある絶海の孤島、ガラパゴス探検をすることができました。

 溶岩流の荒々しい爪痕、砕け散る大波。そしてゾウガメやイグアナ、グンカンドリやペリカン、アシカなどが自由自在に棲息(せいそく)する不思議な生態系。文字通り、驚異と絶景の連続でした。ここは進化の袋小路などではさらさらなく、むしろ進化の最前線、まさにピュシスが目の前にありました。ピュシスとは、ギリシャ語でありのままの自然のこと。

 小船に揺られながら、毎日、何もない水平線から昇る朝日を見、何もない水平線に沈む夕日を眺め、夜は満天の星を見上げました。星がありすぎて、星座がかき消されるほどです。そして私はロゴスについて考えました。ロゴスとはピュシスの対義語、つまり言葉、論理、あるいは人間を人間たらしめた思考そのもののことです。星をつないで星座を作るのはロゴスの作用です。世界を構造化する力です。人間はロゴスによって社会、都市、文明を作りました。人間はロゴスによって守られる一方で、ロゴスによって縛られてもいます。

 ガラパゴスへの旅の第一の目的は、ロゴスとピュシスのあいだに揺れる人間という生物の進化について、今一度、見つめ直したいと思ったからでした。ロゴスの力で世界のすべてを制御下におきたいと希求する一方、人間は、本来的なピュシス、つまり、生、性、病、死の恣意(しい)性から逃れることはできません。

 ガラパゴスはかのチャールズ・ダーウインが進化論の着想を得た場所としても有名です。彼が見た光景をたどりながら生命の来し方・行く末を考えたいと思ったのです。

 そのときふと気がつきました。ダーウインがここへ来た時代は、ちょうどドリトル先生の時代と同時期ではないかと。ドリトル先生は私の少年時代のヒーローであり、冒険記は一番の愛読書でもありました。そのドリトル先生とスタビンズくんを、ガラパゴスにやってきたダーウインと重ね合わせてみると、とたんに彼らが生き生きとした会話を始めるではありませんか! これまで私は、フィクションの形でしか書けないものがあるとは思いつつ、小説を書くことはできないでいました。文体がわからなかったのです。でもそれが突然聞こえてきたのでした。それを形にしたものが、この連載「ドリトル先生 ガラパゴスを救う」です。かくして、ガラパゴスの旅は、私に、ピュシスとロゴスの問題を深く考える機会を与え、二つの物語をもたらしてくれたというわけです。(ノンフィクション版の紀行は、「生命海流」という題で、noteに書いています)。https://note.com/fukuokashinichi別ウインドウで開きます