コロナ禍を1年駆けて知った意味、石ころの中から宝石探すように(奏でるコトバ、響くココロ)

光ケ丘女子高校(下)

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できないことなど何一つない!

 4月25日、東京、大阪、京都、兵庫の4都府県に3度目となる新型コロナウイルス緊急事態宣言が出された。

 全日本吹奏楽コンクール全国大会に18回の出場を誇る聖カタリナ学園光ケ丘女子高校吹奏楽部の部長、3年生でパーカッションを担当する「ヒナ」こと穴原陽菜は昨年のことが頭をよぎった。

10月23日から、第69回全日本吹奏楽コンクールが始まります。感染症対策の一環で入場券の一般販売は見合わせになりましたが、全部門の演奏がインターネットを通じて初めてライブ配信されます。申し込み専用サイト(https://www.asahi.com/brasschorus2021/wbandcompetition.html?ref=article

 学校のある愛知県にも緊急事態宣言に準じるまん延防止等重点措置が適用されている。緊急事態宣言、学校の休校、そして全国大会の中止――。

 「もし、今年もコンクールがなくなってしまったら……」

 そんな不安に襲われたとき、ヒナには聞こえてくる歌がある。少女たちの美しい声がこう歌う。

 『できないことなど何一つない』

     ♪

 ヒナは小学4年で吹奏楽を始め、2019年春、ずっとあこがれていた光ケ丘女子高校に入学して吹奏楽部の一員になった。

 まず驚いたのが練習に臨む先輩たちの姿勢だった。みんな抜群にうまかったが、さらに上達しようと研究を続けていた。

 「メトロノームやリズムどおりに演奏できることがうまいことじゃないんだ。先輩たちは『自分がどんな音楽をしたいか』を常に探しながら練習してるんだ……」

 ヒナは目から鱗(うろこ)が落ちる思いだった。

 幸運なことに、ヒナは高校1年で全国大会を目指すコンクールメンバーの55人に選ばれた。

 名門バンドに集まった精鋭の中で1年生はたったの4人。ヒナは少しでも先輩たちに近づこうと練習したが、先輩たちも努力を続けており、差は縮まるどころか広がる一方だった。

 「そこ、テンポ遅れてる! 1人でやってみて」

 合奏練習中、指揮をする顧問の日野謙太郎に「捕まる」のはいつもヒナだった。注意されたところを練習して次の合奏に臨んでも、また同じところで捕まってしまう。ところが、注意されたところをちゃんと修正し、目に見えて上達する部員もいる。

 「良くなっていく人もいれば、変われない自分もいる」

 ヒナは大きな壁にぶち当たった。

 思い悩んだ末、他のパートの先輩に自分の演奏を聴いてもらった。すると、新鮮な意見や「こういう練習をしてみたら?」といったアドバイスがもらえた。ずっとパーカッションをやってきた自分には思いつけないアイデアがあり、希望の光が差した。

 そこからヒナは大きく成長していった。

     ♪

 2019年、光ケ丘女子高校吹奏楽部は吹奏楽コンクールの全国大会出場を果たした。自由曲はルイス・セラーノ・アラルコン作曲の《インヴォカシオン~「エル・プエルト」を元にして》。

 ここでヒナが驚いたのは県大会、県代表選考会、東海大会と全国への階段を上がるごとに、まるで別の曲のように演奏は洗練され、表現は豊かになっていくことだった。メンバーそれぞれが「どんな音楽をしたいか」を貪欲(どんよく)に追求し続けた結果だった。

 「やっぱり先輩たちってすごい……」

 ヒナは改めて尊敬の念を深めた。

 10月20日に名古屋国際会議場センチュリーホールで行われた全日本吹奏楽コンクール全国大会には、全国からトップバンドが集結していた。姿勢、動くスピード、ハキハキとしたあいさつ――。他校は演奏以外のところからも「全国レベル」を感じさせた。光ケ丘女子の先輩たちも負けないくらい堂々としていた。

 本番での演奏中も同じだった。初めて全国大会を経験するヒナは緊張でいっぱいだったが、先輩たちの表情には充実感がみなぎっていた。一斉にブレスするときの「スゥッ!」という音には「絶対演奏を成功させる」という決意が表れていた。

 「コンクール最後の12分、いままでで最高の時間にしよう!」

 先輩たちのそんな思いを感じ、一緒に演奏できることにヒナは震えるほどの感動を覚えた。そして、演奏が終わった後の大きな拍手に幸せを感じた。

 審査結果は銅賞だった。悔しがるシーンなのかもしれないが、ヒナは悔しくなかった。先輩たちも誰も泣いてはいなかった。

 「結果は銅賞でも、最高の演奏ができた」

 誰よりも部員たち自身がそのことをよくわかっていた。

     ♪

 年末になると、光ケ丘女子高校では吹奏楽部を含めた約300人の生徒たちが天地創造からキリスト降誕までをミュージカルで描く伝統の「クリスマスページェント」が行われる。

 その中で、江原大介作曲、小寺美知恵作詞の《いっしょに》という合唱曲が歌われる。心にゆっくり染みわたっていくような温かく、優しい曲だ。

 『できないことなど何一つない』

 歌詞の一節が、ヒナの心に強く印象づけられた。

 「いい歌! できないことなど何一つない――、そうだったらいいな。でも、やっぱりできないこともあるんじゃないかな」

 そんな素朴な疑問も抱いた。

 すると、それが現実のこととして問われる事態が訪れた。

 新型コロナウイルスの感染拡大と、2020年3月からの臨時休校。吹奏楽コンクールも中止され、できないことだらけになった。

 「先輩たち大丈夫かな。私が3年だったら立ち直れないかも」

 しかし、先輩たちは「何ができるのか探して、取り組んでいこう。そして、来年3月の定期演奏会を絶対成功させよう」と話し合っていた。たくましいその姿に、ヒナは勇気をもらった。

 休校中、吹奏楽部は《いっしょに》をリモートで合唱した。

 『できないことなど何一つない』

 そう歌っているが、できないことだらけだった。学校に行っちゃいけないし、部活もできない。部活が再開されても、集まっちゃいけないし、マスクなしでおしゃべりもできない。パート練習や合奏も距離を広げなきゃいけない……。

 だけど、できることだってある。石ころの中に隠れている宝石を探し出すように、できないことの中にできることを見つけていく。それが『できないことなど何一つない』の真意なのではないか。

 そう気づくと、ヒナの目の前が明るくなった。

 部活が再開されても制限はたくさんあった。けれど、8月にサマーコンサートができた。吹奏楽コンクールの全国大会が予定されていた10月25日には、センチュリーホールで開催された「吹奏楽エールコンサート2020」に出演できた。2021年2月にはCDを発売し、3月には定期演奏会を開催。全日本高等学校選抜吹奏楽大会ではゴールデン賞・ヤマハ賞を受賞した。

 先生や学校、卒業生、保護者の力添えもあり、できることがたくさんあった1年になった。

     ♪

 2021年度をヒナは吹奏楽部の部長として迎えた。

 コロナ禍はまだ続いているけれど、きっと今年は吹奏楽コンクールが行われると信じて練習を積み重ねている。

 全国大会に出場した貴重な経験をみんなに伝えながら演奏を磨き、10月にはあのステージに立ちたい。大会ごとに音楽を進化させ、最後はセンチュリーホールの風景をみんなで見たい。

 「今年もコンクールがなくなるのでは……」という不安はある。この先、何が起こるかわからないとも思っている。

 でも、ヒナは信じている。

 『できないことなど何一つない!』

 何が起こっても、きっと乗り越えられる。(敬称略)

     ◇

 10月24日に予定される第69回全日本吹奏楽コンクール高等学校の部をはじめ、コンクールのすべての演奏を、全日本吹奏楽連盟と朝日新聞社はオンラインでライブ配信します。会場への入場は出演関係者に限られ、入場券の一般販売はありません。配信の詳細は専用サイト(https://www.asahi.com/brasschorus2021/wbandcompetition.html?ref=article)をご覧ください。

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 オザワ部長 吹奏楽作家。1969年生まれ、神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部文芸専修卒。自らの経験をいかして『みんなのあるある吹奏楽部』シリーズ(新紀元社)を執筆。吹奏楽ファンのための「吹奏楽部」をつくり部長に。