豊かなとき 南部鉄器で 岩手の田山貴紘さん

西晃奈
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 岩手県伝統工芸品南部鉄器を身近なものにしたいと、Uターンして職人になった人がいる。コロナ禍で家にいる時間が増えるなか、より豊かなときを過ごしてもらおうと、鉄瓶を暮らしの要に置いた生活スタイルの提案も始めた。

 岩手山のふもと、滝沢市にその工房はある。中には熱気と鉄の匂いがこもり、研磨機の甲高い音が響く。

 約100ある工程はすべて手作業で、使いやすさに直結する注ぎ口は数ミリ単位で調整する。「伝統に培われた知恵と丁寧な作業が重なって、豊かな暮らしを育む道具ができるんです」

 田山貴紘さん(38)は自ら鉄瓶を作りながら、新たな商品の開発や販路の開拓をめざす会社「タヤマスタジオ」の社長を務める。

 父の和康さん(70)もこの道55年の職人で、南部鉄器伝統工芸士会の会長を務めるほどの重鎮。だが、「後を継げ」とは言われず、盛岡市内の高校を卒業後、進んだ先は埼玉大学の工学部。そのまま東京の食品メーカーに就職し、営業マンをしていた。

 そこで起きたのが東日本大震災だ。テレビは被災地の惨状を伝えているが、自分は見ているだけ。どうしたら役に立てるのか――。仕事に慣れ、自分にしかできないことがしたいと思い始めた時期でもあった。

 浮かんだのが、ふるさとの心といえる鉄器だ。

 「父のもとで修業し、技術を継ごう」。復興の後押しもできると思った。

 だが、南部鉄器の2011年の生産額は01年と比べ半分以下の1170億円まで減少。職人も年々減っていた(岩手県調べ)。

 それでも、営業の経験を生かして売り方を工夫すれば勝負できると考えた。

 12年末に帰郷。父が自宅の敷地に建てた工房で、修業を始めた。

 朝8時から夕方5時まで工房にこもり、うまくできなかった工程を夜に「復習」する。会社設立の準備も同時に進め、1年後には開設にこぎつけた。

 17年には、毎日使うことを意識した新ブランドを立ち上げた。鉄瓶はIH対応にし、重さは従来の半分の約1キロに。ネットでの直販に絞り、購入者にSNSで質問に答えるサポートを開始。一昨年8月には、盛岡市内に鉄瓶を使ってお茶やコーヒーを入れるカフェを開いた。

 だがコロナ禍で、海外から多くの引き合いがあった鉄瓶の販売額とカフェの売り上げは3割近く減った。

 そこで家での時間を楽しんでもらおうと、鉄瓶の湯でおいしくお茶を飲む方法を動画で公開。その湯に合うようブレンドしたコーヒーなど、鉄瓶以外の商品の販売も企画している。

 コロナ禍で、人びとは日々の生活に効率より質を求めるようになった、と貴紘さんはみる。「鉄瓶をもっと暮らしの中に入れていきたい」(西晃奈)