涙、笑い、そしてまた涙 母の日に読むひととき10選
朝日新聞ポッドキャスト 母の日に読むひととき10選①
5月9日は母の日。70年の歴史がある朝日新聞生活面の投稿欄「ひととき」には、子を思う母の願い、また母を思う子の思いが繰り返しつづられてきました。今回、「母の日に読むひととき10選」と題し、担当記者が選んだ「母」にまつわる過去の掲載作をご紹介します。思わず涙し、また時には笑いがこみあげる名作の数々を佐藤啓介記者(東京本社)、松尾由紀記者(大阪本社)とともにお楽しみください。朝日新聞ポッドキャストでお聞きください。
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白いスーツで凜と
その人はとても美しく、ショートカットの髪に白いスーツ姿だった。まさに凜(りん)とした雰囲気だった。
中学校の昼下がりの教室は保護者会が始まろうとしていたが、警察に補導されたA君がそのクラスにいることに関し、迷惑だとか受験に悪影響だとか、私語がうるさかった。
保護者が順々にあいさつをし、やがてその人が立った。
「Aの母です。本当にご迷惑をおかけしています」
みんなの目が一点に集中した。その人は深々とおじぎをした後、母ひとり子ひとりであること、自分が朝から夜まで働いていること、先生と一緒に息子を警察に迎えに行ったことが1度ではないこと、そして本当は母思いの優しい子であることを真剣に話し、また頭を下げて座った。
白いスーツが勇気を際立たせ、息子を守る盾に思えた瞬間だった。同時に、陰口が聞こえなくなった瞬間でもあった。
あれから10年余り経ち、娘からA君は結婚したようだと聞いた。
あの時の彼女の姿を、よく思い出す。親が子を守る覚悟を持ち事実をさらけだすことが状況を変えると、教えてもらった気がする。
(福岡市 野中陽子 主婦 55歳)
冒頭で浮かぶ情景、際立つ母の強さ
Q:2016年の投稿です。冒頭から秀逸ですね。情景が浮かび、そして読んでいくと、勇気あるお母さんの姿が浮かび上がってきます。
佐藤:ほんとうに。白いスーツでこの場に来たお母さんの強さ、思いが文章の行間から浮かび上がってくるような気がして、素敵だなと思います。
松尾:描かれている白いスーツのかたもそうですが、教室でじーっと話を聞き、ひとときに書こうと思ってくださった筆者のもう一人のお母さまもたいへん素敵だと思いました。
Q:きょうは「母の日」特集ということで、お二人に心に残る投稿を選んでもらいました。まずは佐藤さんから。
佐藤:はい、私はまず、若い世代のかたで印象に残った投稿を紹介したいと思います。
「母の『当たり前』に感謝」(2012年)という投稿で、当時17歳の高校3年生からなんですが、まさに「母の日」という内容です。
母の「当たり前」に感謝
ゴールデンウイーク、両親が旅行に出掛けた。部活があった私と弟は、家で3日間、留守番することに。大変とは思っていたものの、軽く考えていた。
部活から疲れて帰った私は、ため息をついた。掃除や洗濯、食器洗い。これを母は何年も続けているのだ。
いや、母からしたら、こんなの序の口かもしれない。大変さはわかっていたつもりだが、「お母さんってすごいな」と身をもって感じた。同時に、当たり前だと思っていたことに感謝の気持ちがわいてきた。全て終えてベッドに入ったときは、クタクタどころではなかった。
帰宅して、旅行の思い出を楽しそうに振り返りながら、私や弟の洗濯物を洗う母。見慣れた光景だけど、この3日間で少しだけ気持ちが変わった。今はまだ恥ずかしくて口に出せないけど、せめてこの文を通して伝わればと思う。「お母さん、いつもありがとう」と。
ただ、楽しい思い出話を私の前でするのは、悲しくなるからほどほどにしてほしい――というのは内緒だ。
今年の母の日は、ふだんと少しだけ違うことをして、感謝の気持ちを伝えられたらなと思う。(千葉県 高校3年生 17歳)
口に出しては言えないけれど
佐藤:親への感謝はあるけど、口に出して言うのは恥ずかしい、せめてこの文を通して伝わればと勇気を出して投稿してくれたんだなと思いました。こういった世代から投稿をいただけるのもうれしいので紹介しました。
Q:自分が高校生のとき、こういう気持ちを持てたかなと思いますね。もう一つ選んでくださった「ママは応援団引退」。この投稿も素敵ですね。
佐藤:はい、2016年にいただいた投稿です。
ママは応援団引退
高3の息子がこの冬、サッカー部を引退した。
幼稚園の年少からサッカーを…