成田線開業120年、利用者減少が課題

大久保泰
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 【千葉】JR成田線の「我孫子~成田」の駅区間が、明治時代の開業から今年4月で120年を迎え、30日に記念列車の運行が始まった。団塊世代の退職や高校生の減少などで利用者は減少傾向にあり、関係自治体は鉄道の利用を呼びかけている。

 我孫子駅で開かれた出発式では、120周年を祝うヘッドマークが取り付けられた列車が、1日駅長となった市内の小学生の合図で出発。沿線でも小学生らが小旗を振るなか、成田までの10駅を通過した。我孫子市の湖北駅で出迎えた地元の大山茂さん(77)は、「都内への通学や通勤に利用した。混雑していた。みんな顔見知りだった」と懐かしんだ。

 記念列車は5月末まで随時運行される。湖北駅には地元の中央学院高校書道部が書いた「下総から未来へ発進」の書が5月末まで展示されている。10月には木下(きおろし)駅や下総松崎(しもうさまんざき)駅などから周辺のハイキングを楽しむイベントが開かれる。

 成田線は、佐倉~松岸(75・4キロ)、我孫子~成田(32・9キロ)、成田~成田空港(10・8キロ)からなる。我孫子~成田は明治34(1901)年4月1日に開業した。常磐線に乗り入れて上野への直通運転もあり、通勤や通学などで1日約6万5千人が利用する。

 しかし、最近は減少傾向だ。平均通過人員(1日1キロ当たりの利用者数)は1992年度の2万9273人をピークに減り、19年度は1万7664人だった。

 沿線の7市町は2008年、成田線活性化推進協議会を発足させ、増発や東海道線との相互乗り入れなどをJR東日本などに要望した。会長を務める我孫子市の星野順一郎市長は高校、大学と成田線で通学した。「要望を実現し、利便性を高めるには利用者を増やすしかない。子育てや住宅支援策などで沿線に住んでもらえるよう取り組んでいる」と話している。(大久保泰)