「患者さん中心」軸に闘う日々 コロナ病棟の看護管理者

新型コロナウイルス

聞き手・山内深紗子
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コロナ病棟を抱える病院の元看護管理者(60)

 【茨城】日々、闘っていました。涙がでても、患者さんと部下のために、立ち止まる余裕などありませんでした。

 今春退職するまで勤めていた北関東の病院は、昨春からコロナ病棟を開設。中等症までの患者さんを受け入れ、院内感染も経験しました。

 看護管理者として、現場の悩みや不安の聞き役に徹していました。事務方が難色を示しても、医療備品は高質のものを供給し、シャワー設備を整えるなど全力で対応しました。

 分業できない感染病棟は、看護師が人工呼吸器の管理からトイレ掃除まで担わざるを得ない。それでも現場から一貫して寄せられた声は「患者さんに近づけない」という葛藤でした。改めて看護師の強き志に触れ、誇りに思いました。

 公平性についてこれほど悩んだのも初めてでした。まず家族の面会。エビデンスがないのに、線引きを迫られる。同じ人で1人までと決めました。一般病棟は緩めてほしいという要望は絶えませんが、公の理由として「亡くなる患者さんだから」とは説明できない。家族や現場の気持ちは痛いほど分かるので、葛藤は消えませんでした。

 コロナ病棟に従事してもらうスタッフを選ぶ時もつらかった。選んだ人には強制はしなかったし、要望も聞きました。だけど心は痛みます。難しい選択です。過酷な現場であるほど、人間関係もぎくしゃくするもの。説明を尽くし、不安を聞き取り、できることはすべてやる。現場が回るなら、時には悪役も買って出た。一番つらいのは、患者さんと、次に現場のスタッフですから。

 なぜうちの病院ばかり?という気持ちにも襲われました。病床数を増やした時に院内感染が起こり、看護師長が泣きながら急きょシフトを組み替えていたのを見たときは、私も涙が出ました。同規模の他の病院も公平に患者さんを受け入れてくれたらと。

 厳しい選択や判断の連続でしたが、いつも私を支えたのは、「患者さん中心」という看護倫理の精神でした。これを軸にすると、どんなに困難でも道は見えてきました。

 コロナに試されたことは、危機管理に対するチーム力だったと思います。病院は大きな組織です。未曽有の事態に対処するため、頻繁に経営幹部から中間管理職、現場の医師や看護師、事務職など多様な職種が一堂に会して方針を決めてきた。初めての試みで、率直な意見を言うようにしましたし、現場の知恵の集積として看護部の意見は随分尊重してもらいました。

 ですが、医師に遠慮してものが言いにくかったり、経営の観点が優先されてしまったりする場面もありました。それぞれが独善的にならず忖度(そんたく)ない風通しのよい議論ができていれば、患者さんとスタッフのためにより良い取り組みができたはずです。これが一番の教訓ですね。

 感染管理認定看護師の存在も大きかった。感染病棟をどう設計するかから濃厚接触者の特定まであらゆる場面で活躍してくれました。使命感が強く、厳しい現場に向き合っていると、言葉がきつくなることもあり、孤立しそうになった時もありましたが、間に入って、調整して双方を守りました。彼女たちから「どんなことも報告と相談ができた上司がいたからつぶれずにここまで来られた」というお礼の言葉をもらった時はうれしかったです。

 看護師は国家資格で、「国民の健康を守る」と表現されることに、私自身はこれまで大仰だなと感じていた。ですが今は、すとんと落ちました。顔が見えない関係性の中で感謝のメッセージを初めて頂いて、私たちの仕事の先にこのような多くの人がいることを実感できたのも大きかった。生活を支える職業だと実感しました。

 感染症は、患者さんだけでなく周囲にいる人にも影響を及ぼす深刻な病。立ち向かうために、誰でも患者になりうる者として、自身をケアする力と、それを引き出せるよう専門知識や技術を提供する看護師の力の両方が求められると思っています。

 春に退職しましたが、社会貢献は続けていきたい。少し落ち着いたら、ワクチン接種の現場にいるかもしれません。(聞き手・山内深紗子)

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