幻の鉄路を歩いてみた 未成線の魅力

平賀拓史
【動画】栃木県茂木町で始まった幻の鉄道「未成線」ツアー=平賀拓史撮影
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 「未成線」と呼ばれる幻の鉄路「長倉線」を生かした観光振興に、栃木県茂木町が取り組んでいる。戦争で鉄道建設が中断され、列車が走ることはなかった。あちこちに残る遺構を歩いてめぐるツアーに、私も参加した。(平賀拓史)

 茨城県筑西市茂木町を結ぶ真岡鉄道の終点・茂木駅。4月17日午前9時、ツアーの参加者23人が県内外から駅前に集まった。ハイキングの格好をした中高年が多いが、鉄道ファンの若者もまじっている。

 「ここにホームが設置される計画でした。それではみなさん、長倉線の『幻のホーム』から出発しましょう」。ツアーの仕掛け人で町観光協会事務局長を務める滝田隆さん(53)の先導で、2組に分かれて出発した。

 町によると、茂木駅まで鉄路が開通したのは1920年。続けて、約12キロ離れた茨城県長倉村(現常陸大宮市)まで延伸する計画が持ち上がった。37~40年に茂木駅から約6キロ離れた「下野中川停車場」地点まで、路盤整備やトンネル建設などの工事が完了した。だが戦局の悪化で工事は中断。戦後も再開されず、線路も敷設されないまま土地は放棄された。

 斜面がゆるやかで、山を抜けるトンネルもあったため、戦後は自転車での通学路になっていたこともあるという。

 線路が敷設されるはずだった道を歩く。その「沿線」には、鉄道建設の遺構があちこちに残る。

 高さ30センチほどのコンクリート杭が道ばたにあった。明治初期まであった工部省を示す「工」という文字が彫られている。「これはかつての名残。鉄道省が買収した土地の境界を示すものです」。滝田さんが教えてくれた。ツアー区間の約3キロで、住宅の敷地内や田んぼの中など、至る所で見つけることができた。

 1時間ほど歩くと、田んぼの真ん中を横切るように、3メートルほど盛り土された道に入った。ゆるやかなカーブと傾斜。「農道や一般道路ではなく、線路を引く予定だったことがはっきりわかります」と滝田さんが教えてくれた。

 用水路を横切るコンクリートのアーチや、斜面を切り開いた「切り通し」など、様々な遺構も目を引く。滝田さんが解説するたびに、参加者から「へえー」「そうなんだ」などと驚きの声が聞かれた。

 道はやがて山あいに入り、茂木駅から約3キロ離れた「大峯山トンネル」に到着した。長さ約180メートル。町は安全確保のため立ち入り禁止にしているが、ツアー時はヘルメットをかぶって見学できるようにしている。

 中に入ると、汚れの少ない白いコンクリート壁が見えた。「列車が通ることがなかったので、すすで汚れずに当時の雰囲気をそのまま残しています。ついこの間できたみたいですね」と滝田さんは声を弾ませる。

 トンネル内で長倉線のPR映像を見たあと、午前11時すぎにツアーは終了。ここで現地解散となった。出発した茂木駅まで歩いて1時間弱で戻れる。

 栃木県益子町から夫婦で訪れた会社員神谷美幸さん(53)は「本当に線路が通っていたら、今の茂木町はどうなっていたんだろうか。想像がかき立てられて楽しい」と話していた。夫で会社員の忠さん(58)は「説明がないと見逃してしまいそうな痕跡がたくさんあった。詳しい解説を聞きながら歩けて、非常に興味深い経験でした」と満足そうだった。