秀吉像、色鮮やかに復活 2年ぶりに故郷へ、新発見も

藤家秀一
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 旧宇和島藩の伊達家に伝わる豊臣秀吉像(国重要文化財)の修理が終わり、2年ぶりに“故郷”の愛媛県宇和島市に帰ってきた。修理後の養生のために一般公開は来年の秋までお預けだが、装いを新たにした肖像画は修理前よりわずかに大きくなった。

 修理を終えたのは、公益財団法人宇和島伊達文化保存会が所蔵し、伊達博物館に寄託している「絹本著色(けんぽんちゃくしょく)豊臣秀吉像」(縦131・2センチ、横103・9センチ)。秀吉が亡くなった後の1599(慶長4)年に、側近の一人だった富田一白が絵師の狩野光信に描かせたもので、現存する秀吉の肖像画の中では最も大きいものとして知られている。

 一白の息子で江戸時代初期に宇和島を治めていた富田信高が、金剛山正眼院(のちの宇和島伊達家の菩提寺(ぼだいじ)・金剛山大隆寺)に奉納したことで宇和島に伝わり、幕末の1847(弘化4)年に宇和島伊達家に献上されて伊達家の所蔵となった。

 今回の保存修理事業は、肖像画の絵の具がはがれ落ちるなどの劣化が目立ってきたことから、2019年から約2年の歳月と約800万円の費用をかけて実施。修理は専門業者の「墨仁堂」(静岡市)が担当した。柔らかい筆で絵の表面のほこりやごみを取り除いた後、ニカワの水溶液で絵の具を安定させた。さらに電子線で人工的に劣化させた絹で絵の表面を違和感なく補修し、表具も仕立て直した。

顔料を分析したら新発見

 修理を終えた肖像画は、横方向に入っていたシワがなくなり、制作当初に近い鮮やかな彩色がよみがえった。修理前にのりしろとして隠れていた絵の四辺の端をすべて見えるようにしたため、修理後の肖像画は縦が1・8センチ、横は0・5センチ大きくなった。絵の面積にすると約2%増えたことになる。

 修理過程では新たな発見もあった。東京文化財研究所が絵の表裏101カ所の顔料を分析したところ、金(金泥)や銅(緑青や群青)、カルシウム(胡粉(ごふん))が検出された。表具裂を外した後の上軸(表具の上についている棒)からは墨書が見つかり、昭和天皇皇太子時代の1922(大正11)年に伊達家を訪問した際に表具を仕立て直したことが記されていた。

 肖像画は今年3月下旬に宇和島市に戻り、空調の整った伊達博物館の収蔵庫でニカワが固まるのを待っている。志後野迫希世(しごのさこきよ)学芸員は「来年秋の一般公開を楽しみに待っていてほしい」と話している。

 修理の完了を記念して、宇和島伊達文化保存会が修理の概要をまとめたパンフレット(A3判二つ折り4ページ)を制作した。問い合わせは伊達博物館(0895・22・7776、5月19日まで休館中)へ。(藤家秀一)