うつで死んだ心、戻ってきた瞬間 大発見はベッドの上で

若松真平
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 何を食べても、味はするがおいしいとは思えない。絵画を見ても、なぜかシラけてしまう。

 昨年末、そんな日が続いた漫画家・惑丸徳俊さんは、うつ状態になった。

 漫画家として走りだしたばかりなのに、休んでいる場合じゃない。

 そんな思いでいたが、編集者たちはこう言ってくれた。

 「休みましょう! 人生100年時代なんで」

 「うつをやっても作家は枯れたりしないよ。いろいろ見てきたから知ってる」

 その言葉を信じて、休養することを決めた。

突然やってきた転機

 気分を変えようとジョギングなどの運動を始めたが、漫画も描き続けた。

 ただ、1ページものでも完成させることができなかった。描いたものが、くだらなく思えてしまった。

 何をやっても心が動かず、手のひらから砂がこぼれ落ちるように、時間だけが過ぎていった。

 何もせず、ベッドの上でゴロゴロしていたら突然、転機がやってきた。

 カーテンの隙間から部屋にさしていた一筋の光。その中にホコリが漂っているのが見えた。

 その動きをゆっくり目で追いながら、「すごくキレイだな」と感じた。

 そう思った瞬間、ベッドから跳び起きた。

 「もしかして今、ちょっと感動できた?」

 今思えば何の変哲もない出来事で、劇的な要素はまったくない。

 でも、この瞬間、とんでもない大発見をした気分になったことが忘れられない。

 この日を境に、何かが急に良くなったわけではない。

 ただ、少しずつ緩やかに、いろんなものに心が動くようになっていった。

「描いてくれて、ありがとう」

 大学卒業後、設計事務所で公共空間のデザインを手がけていた。

 漫画家になったきっかけは2019年8月、エージェント会社「コルク」に自作の漫画を持ち込んだことだった。

 コルクは「宇宙兄弟」「ドラゴン桜」などの編集者として知られる佐渡島庸平さんが代表を務める会社だ。

 30歳を過ぎていたこともあり、年齢的にも漫画は難しいんじゃないかなと思っていたが、「1回は挑戦してみないと後悔する」と思った。

 「うつをやっても作家は枯れたりしないよ」。その言葉をかけてくれたのは佐渡島さんだった。

 自分が経験したことを、漫画として残すことにした。

 佐渡島さんをはじめとした制作活動を支えてくれている人たちに、近況報告として伝えようと思ったから。

 何人かに見てもらうと「ぜひツイッターにも載せたら」と言われ、4月下旬に公開した。

 すると、同じような経験をした人たちから、多くの反響が寄せられた。

 「描いてくれて、ありがとう」

 「記憶の霧が晴れたような気がします」

 「こういうことを描ける人が漫画として発信すると、すごく助かる人がいるんじゃないかな」

 もらったコメントには、すべて目を通した。

 心が弱ってしまったとしても、ささいなことをきっかけに動き出すことがある。

 こんなことがあったよ、という自分の経験が、誰かの励みになったと思うと、うれしかった。

 完全復帰に向けて、他の漫画家たちと連載準備を進めている。

 原作は、放送作家鈴木おさむさんの「おばけと風鈴」だ。

 目指すはヒット、いやホームラン。今はそう思える自分がいる。

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