みうらじゅんのヒゲとコロナ禍で発掘された「ない仕事」

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 全国の書店員が決める『2021年本屋大賞』の「発掘部門/超発掘本!」に、みうらじゅんさん(63)の『「ない仕事」の作り方』(文芸春秋、2015年)が選ばれた。コロナ禍でクリエーティブな分野の人々が「仕事がない」ことに苦悩した1年、この本が「発掘」された意味を著者自身の言葉に探った。

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 「ない仕事」って「趣味のことでしょう?」という人がおられるんですけど、それは違います。小学校1年の時、怪獣写真の切り抜きスクラップを始めたころから、僕には趣味って感覚はなかった。夢中になっていることを、クラスメートにいかに伝えるか。それが「ない仕事」の始まり。

 僕は41年前、ガロって漫画雑誌でデビューしたんです。そこには「原稿料は出ません」と書いてあったのに持ち込みを1年間くらいやっていた。もしお金がもらえることを「仕事」って呼ぶのなら、やっぱそれは「ない仕事」ってことになります。

 子どもの頃から吉本新喜劇が大好きで、上京してからも見たくて、お父さんに録画を頼み、VHSのビデオを送ってもらっていたんです。東京の友達にも見せたけど、全くウケないのが悔しくて「どうにかして東京の人にも分かりやすい形で広めたい」と勝手に思った。知り合いもいないのに、吉本興業にいきなり電話をかけて、ビデオを出してもらえないかと頼んだけど当然「それはない」という返事だった。

 しばらくして、吉本新喜劇が下火になって「やめようかなイベント」のようなものが企画され、その時「あのビデオの件、できるかも」と吉本から連絡が来て、それが「吉本新喜劇ギャグ100連発」というビデオになった。西川きよしさんと僕が司会で、池袋のサンシャイン劇場でそのイベントが開かれたり、好きな新喜劇がブームになったりして、本当、至福でした。ただ僕はあくまで「好きでやってる人」なので、ビデオに僕の名前のクレジットがあるわけでもないし、お金は発生していなかった。これも「ない仕事」ですよね。

 (俳優の)田口トモロヲさんと、チャールズ・ブロンソンのことをもっと知って欲しいがために結成した「ブロンソンズ」も結局、僕らはファンで、応援しているつもり。その構造こそが「ない仕事」。世にある「仕事」とは違っていました。

 なのにブロンソンズはどういうわけか少し話題になって、田口トモロヲと僕で自動車の新聞広告に出ることになった。しかし、カネと代償にしたことは「成果があらわれた」ような気になって、「好きであること」がトーンダウンした。カネっていうものに「ない仕事」が変わった瞬間、フツーの仕事となってしまう。やっぱり、それはよくないと思いますね。

 ギャラを考えた途端に「ない仕事」はなくなる。売り上げとか地位とか、世間が求めることと真逆を行くのが「ない仕事」だから。「ない仕事」の一番、核になる部分は「自分が」をやめること。要するに「自分なくし」です。「自分が」を「好きの対象物が」という主語に変えていく。「夢中になる」というのは、自分がなくなるということだから。

 最初から好きなことでなくても、「好きになりたい」と思ってそこに入って行く。僕はいつも「そこが、いいんじゃない!」っていう呪文を、自分に言い聞かせているんです。「自分には向いてないな、違うな」と思ったら、あえて「そこが、いいんじゃない!」と言ってみる。

 高校生の時から、ひらがなの名前を、ペンネームとして使い始めたんですよ。自称エッセイスト、シンガー・ソングライター気取りでしたから。その頃から「自分は、ひらがなのみうらじゅんを動かす者になる」と決めたんです。漢字の三浦純が、ひらがなのタレントを雇ってるカンジで。

 ひらがなが「こんなことしたくないな」と思うと、漢字が「みうらじゅんは、これしなきゃ」などと言う。ひとり会議しているわけです。漢字が作戦を立てて、ひらがなにやらせる。だから、ひらがなは自分を信じてない。アイ・ドント・ビリーヴ・ミーです。

 誰しもペンネーム、タレント名みたいなものを、つけてみるといいんじゃないかなと思います。そして、そいつをプロデュースしてみる。

 コロナが始まってしばらくたったある日、漢字が「やっぱ、ロックでしょ」と、言い出した。「ヒゲはさ、ボーボーに伸びてた方が、いいんじゃないの? 良い機会だよ」って。

 確かに後期ビートルズのヒゲ…

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