大島賢三さん死去 元国連大使 広島被爆、規制委委員も

 元外交官で、国連事務次長や国連大使を歴任した大島賢三(おおしま・けんぞう)さんが死去した。78歳だった。理事長を務めていたアフリカ協会によると、28日に東京都内の自宅で体調を崩し、29日に亡くなった。死因は心不全。葬儀は近親者で行うという。

 1943年、広島県生まれ。67年、東京大中退後、外務省に入り、同省経済協力局長や国連事務次長などを務めた。

 2004年に国連大使に就任。日本の安全保障理事会常任理事国入りをめざして、安保理改革に取り組んだ。ドイツなど4カ国と共同歩調を取るなどしたが、米国の支持が得られずに断念した。北朝鮮が06年に核実験を行った際には、安保理による制裁決議採択に向けて、各国に働きかけた。

 2歳のときに広島で被爆し、母も失った。国連事務次長として参加した01年の平和記念式典では「被爆者の一人です」と自己紹介し、国連の事務総長のメッセージを代読。チェルノブイリ原発事故の被災者支援も担当した。

 東京電力福島第一原発事故後には国会事故調査委員会委員、原子力規制委員会委員も務めた。